N.W.D -稲妻11別館-


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純情Days


「母ちゃんが菓子用意してくれるって言ってたからちょっと待っててくれよ」
 いつもは円堂の家に来ても円堂の自室でゴロゴロすることが多かったが、今日は居間でという言葉に鬼道はきょとんと首を傾げたが、豪炎寺は分かっているようでさっさと足を向けてしまったので、鬼道は慌ててその背を追いかけた。
「これは……」
 鬼道の声が僅かに上擦っているのを豪炎寺は面白そうに見つめる。
 その瞳は彼が妹の夕香に向けるとき同様の柔らかい色を浮かべていたが、鬼道は気づかない。
「コタツだな」
 豪炎寺の言葉に、鬼道は炬燵、と口唇を震わせる。
「そういえば、鬼道の家にはないな」
 空調が完備された鬼道邸では多分、コタツなんて必要ないのだろうと思いながら豪炎寺が投げかけた問いに小さくこくりと頷く。
「初めてだ……」
 その声が少し嬉しそうなのは気のせいではない。ほんのりと頬を紅潮させた鬼道に、豪炎寺はごくりと唾を飲みこんで、そうかと掠れそうになる声をどうにか絞り出した。
「好きな所に座って」
 大丈夫だぞ、と促されて鬼道は、ちらりと豪炎寺を一度見てから自分に一番近い一辺に腰を下ろす。
 行儀良く正座した姿を見下ろしてから豪炎寺もそれに隣り合うように座りこんだ。炬燵布団をそわそわしながら撫でる様子に豪炎寺の口許が緩む。
「鬼道……」
「お待たせっ!」
 豪炎寺が名を呼んだのに重なってお盆を抱えた円堂が飛びこんできた。
「ここのせんべい、すっげぇ美味いんだぜ」
 にこにこしながら、早速一つ目に手を伸ばした円堂に二人は苦笑するしかない。何のために豪炎寺と鬼道が此処に来たのかを忘れ去っているのかとしか思えない様子に、円堂、と鬼道が口許を歪めた。
「テスト勉強するんだよな」
「うっ……」
 その言葉に、二枚目のせんべいに伸ばされた円堂の手がぴたりと止まる。
「分かってるけどさ……」
 しょんぼりした円堂の手から遠ざけるようにせんべいの入った木皿を豪炎寺が取り上げたのを見て、なんだよ二人して、と円堂が口唇を尖らせた。
「ちゃんとノルマを果たしたら食わせてやるさ」
 鬼道の言葉に同意するように豪炎寺がにやりと笑うのを見て、なんだよそんなときまで息合わせなくたっていいのに、とぼやいた円堂に二人は顔を見合わせると、ふっと口許を綻ばせる。
「まあ、仕方ないな」
「円堂だって赤点取って部活禁止は困るだろう」
 あらかじめ取り決めてあったかのように交互に投げられる二人の言葉に、だから、とさらに不満を口にしようとした円堂だったが、ほら、と豪炎寺に広げられた教科書に諦めたように口を閉じた。
「ダラダラやってもおまえの集中力が続くとは思えないからな、さっさと進めるぞ」
「おう!」
 くすりと口の端を持ち上げた鬼道に円堂も覚悟を決めたように返事した。
 基本的に円堂の面倒を見るのは鬼道の役割だったから、豪炎寺はその様子を眺めながら、自分のノートを広げ、自身も問題を解くことに集中することにする。淀みなく紡がれる鬼道の説明の声が右から左へ流れていく。その声が自分に向けられたらいいのにと思わなくもなかったが、だからと言って円堂に妬いても仕方なかったし、二人の関係がそんなものではないことは誰よりも豪炎寺自身が一番分かっていた。
「三角形の合同条件はもう覚えたな?」
「バッチリだ!ええと、三辺が等しいだろう。あと……」
 指を折りながら条件を思い出している円堂の一生懸命な様子に豪炎寺はふっと息を吐き出した。右手に握っていたシャープペンをノートの上に転がすと、自由になった右手を炬燵布団の中に潜りこませる。
「……っ?」
 適当に這わせた指先が鬼道の太腿に触れる。
 特に深い意味はない行為だったが、鬼道の肩がぴくりと動いたのを見た途端、はっきりと意思を持って制服の布地越しに押しつけるように指を動かすとそれを押し留めるために鬼道が卓上に出していた左手を布団に潜らせた。円堂の注意がノートに向かっているのを確認して、鬼道はきっと豪炎寺を睨みつけたが、豪炎寺は素知らぬ振りで、英語の教科書に視線を向ける。
 炬燵の中ではしっかり鬼道の指をぎゅっと握りこみながらも、そんな素振りは微塵も見せない。指の腹で鬼道の掌を擽るように刺激すると、鬼道がくっと息を噛み殺したのが分かり、自然と口許が緩んだ。
「なあなあ、鬼道」
「な、んだ……」
 唐突に呼びかけられ、一瞬、焦りに裏返りそうになった声を必死で平静に保とうとする鬼道の様子に豪炎寺は小さく笑う。じわりと伝わった熱は炬燵のせいばかりではないと思った。汗ばむ掌に押しつけられた指がじわじわと文字をなぞる。鬼道は気づくだろうか、気づかなくてもいいとも思う。
 曖昧な感情のまま、豪炎寺はたった二文字の平仮名を数度形作ることを繰り返した。

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