N.W.D -稲妻11別館-


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純情Days 1


 豪炎寺の部屋で一緒に勉強していた鬼道は、一段落分の英文訳を終えたところで、不意に奥のリビングルームから聞こえてきた歌に気がついた。
 向かいに座っている豪炎寺は数学の宿題をしているようで、シャープペンはかりかりと淀みなく計算式を連ねていく。
 窓の外は小降りの雨がこつこつとガラスを叩いている。
 朝は曇天だった空は、二時間目の途中頃からぽつぽつと崩れ始め、お昼には傘なしでは校舎からサッカー部室に向かうのも躊躇われる程度には強く降っていた。久しぶりの雨は乾いたグラウンドと紅葉も終わりかけの木々を冷たく濡らしていく。
 雨天のときは修練場での練習が常だったが、テストが近いこともあって、今日の雷門中サッカー部は放課後を待たずに練習中止になった。
 学校を出る頃には小雨に変わっていたこともあって、円堂が非常に残念そうな顔をしていたが、一度決定した以上は、今日は休みだ、と宥めながらも、そしてしっかり勉強するんだぞ、と背中を押した鬼道に、不貞腐れた顔を返したのを思い出して、大丈夫だろうか、と少し不安になる。けれども、夏未にも散々念を押されていたようだし、風丸や秋も一緒に帰宅したようだったから、これ以上の心配はお節介だろう、と思い直して、鬼道は再び、歌に意識を向けた。
 誰が、なんて考えるまでもない。この家にいるのは、鬼道と豪炎寺を除けば、あとは夕香一人しかいない。
 普段は家政婦のフクと一緒に買い物に出ている時間だったが、今日は天気が悪いこともあり、二人もいるので留守番することになったらしい。勉強している二人の邪魔をしてはいけませんよ、とフクに言われているらしく、お邪魔します、ともうすっかり口癖のようになってしまった鬼道の言葉に、お絵かきする手を止めて、こんにちは、と元気な挨拶を返した後は、豪炎寺の部屋に来ることもなく、リビングルームで一人遊んでいた。。
「なあ、豪炎寺」
 少し申し訳ない気持ちになったが、本人は慣れているのか、お兄ちゃんたちは勉強するから、と頭を撫でながら言った豪炎寺の言葉にも、うん、がんばってね、と満面の笑顔を向けられたことを思い出しながら、シャープペンを走らす手を止めて、鬼道は不思議そうに顔を上げた。
「なんだ?」
「夕香ちゃんの歌っている歌、歌詞がおかしくないか?」
「?」
 鬼道に言われて豪炎寺も耳を澄ませる。
 しばらく無言で二人は壁越しに聞こえてくる夕香の歌に揃って耳を傾けた。
「あってたぞ」
 どうやら今日の選曲は余程のお気に入りなのか、最後まで歌い切るとまた一番から歌い直しているらしい。豪炎寺もよく知るその歌詞は特に間違っているところはなかったが、鬼道は何に違和感を覚えたのだろうか、と豪炎寺はペンを置いて鬼道を見た。
「だが、どう考えても妙だろう」
「妙……?」
「ああ」
 鬼道はこくりと頷く。
「風が吹くたびに遅刻するなんて、普通はありえないだろう。そもそもそんなに強風なのだとしたら、休校にするなり学校側が適切な対応を取るべきで……」
 どうやら歌詞の正誤ではなく、歌詞そのものについて真剣に考えているらしい鬼道に豪炎寺は口許が緩むのを抑えられない。
「それに雨が降っただけで休みになったのでは、試合なんて行えないだろう……」
 そこまで口にして、漸く鬼道は、妙な顔をして肩を震わせている豪炎寺に気づいた。
「どうかしたのか、豪炎寺?」
「いや、歌詞の内容をそんな風に真剣に論じるやつに初めて会った 」
 鬼道の話を聞いているうちはどうにか真面目な表情を保っていた豪炎寺だったが、これ以上は耐えられないとばかりに盛大に笑い出した。
「なっ……!」
 流石にこれには鬼道もむっとしたのか表情を強張らせる。
「変だと思ったからそう言っただけだ。そんなに笑われる謂れはないし……不愉快だ」
 きっぱりと言った鬼道が、卓上に広げていたノート類を閉じようとしたところで、豪炎寺はしまったと顔を顰め、慌ててその手を掴んだ。
「すまなかった、鬼道。笑ったのは謝るから、帰らないでくれ」
 土下座せんばかりの勢いで縋りつく豪炎寺の必死さにゆるゆると鬼道の内側に溢れていた憤りが溶かされていく。我ながら単純だと思いながら、豪炎寺と一緒にいられる時間をみすみす無駄にするのも勿体なくて、仕方ないと鬼道は諦めたように溜息を吐いた。
「オレはおまえに甘すぎるな……」
 やれやれと零された吐息に豪炎寺はホッとしたように肩の力を抜いた。

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