正常な感覚
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逃げるように走り出したはいいものの、由香は周囲にいる生徒達からの視線をやたらと集めている事に気が付いた。

なんなんだろうと、女子トイレにある洗面台の鏡で確認してみると、その顔は真っ赤に染まっていた。

この状態のまま、廊下のど真ん中を突っ切ってきたのかと思うと、死にたくなってきた。
由香は気を取り直すように顔を洗い、熱が収まるのを待ってから、周囲の様子を確認して恐る恐る女子トイレを出た。

傍から見れば不審者以外の何者でもないのだろうが、この際気にしていられない。

由香はガヤガヤとまだ騒がしい自教室の扉を、誰にも気付かれないようにそっと開けた。

だが、そんな由香の願いは儚く消え去る。

「由香!!」

扉を開けてすぐ、もはや見慣れた金の髪をした美少女が、由香を床に押し倒さんばかりの勢いで抱き着いてきた。

「どこに行ってたの!?私すっごく心配したんだから!」

そう言う彼女は目に僅かに涙を浮かべ、本当に由香の事を心配してくれているらしかった。
いくらなんでもオーバーなのではないかと思う。
そもそも、先に姿を消したのはロザリアの方なのだ。

「ちょっと用事があって。……それより、ロザリアちゃんはどこにいたの?」

本当の事をそのまま話してしまうのは流石にまずいと、由香は咄嗟に話を別の方向に持っていった。
ロザリアの行方に関して、由香も心配ではあったからだ。

「私は、購買に行ってたの」

彼女は由香から身体を離すと、手に下げていたビニール袋から空になったパンの包みを取り出し、ひらひらと由香に見せた。
そこにはカラフルな文字で「やきそばパン」と書かれており、お嬢様然としたロザリアのイメージからはあまりに掛け離れたものだった。
純粋に驚いた。

「ロザリアちゃんも、やきそばパン食べるんだ」

「……私がやきそばパンを食べるのがそんなにおかしい?」

「ううん。おかしくないよ」

ロザリアはあまりにも人間的じゃなかった。
そんな彼女が、惣菜パン等という庶民的なものを食べているのがひどく滑稽で、それと同時に安堵感を覚えた。
ああ、ロザリアも人間なんだな、と。
そう実感出来た。

「ロザリアちゃんは惣菜パンみたいなものが好きなの?」

「別に惣菜パンにこだわりはないわ。ただ、今日はそんな気分だっただけ」

彼女は素っ気ない口調だった。
どうやら、由香と一緒に昼食を食べられなかった事が相当不服だったらしい。
心配から一転、今は不機嫌な様子を隠そうともしない。
しかし、それは恐ろしいものではなく、どちらかというと子供が駄々を捏ねているような感じに思えた。

「ごめんね、どうしても外せない用事だったの」

「具体的に何をしてたの」

「……キースさんとちょっと」

別に嘘はついていない。
ただ、依織の事について言及するのだけは避けなければならないと思えた。
彼女はキースとロザリアに明らかな不信感を抱いている。少なくとも好意はもっていない。
下手に話してしまうのは得策ではない。

「それなら安心だわ。でも、これからは急にいなくなったりしないでね。私、心配で死んじゃうもの」

ロザリアはキースといた事を告げると、途端に安堵の顔になった。
一体何がロザリアをそこまで不安にさせているのか由香には、はっきりとは分からない。

ロザリアと世間話をしながら、教室の自分の席に戻る。
一瞬依織に、責めるような、それでいて憐れむような目線を向けられた気がした。
しかし、由香が目を向けたときには既に依織の目線は手元の本へと落ちていた。

依織とはまた話をしなくてはならないと思う。
彼女は少なくとも吸血鬼について何かを知っていると確信できた。
しかし、今はまだ、幸せな夢を見続けていたかった。


「由香、週末遊びに来てくれるって本当!?」

いつの間にその情報を兄から仕入れたのかは知らないが、放課後、もう帰ろうかという頃合になって、ロザリアは由香に訪ねてきた。
生徒達も疎らになり、教室には、由香とロザリア、それと数人の生徒達しかいない。

「うん」

「本当に!?」

歓喜からか、ロザリアは目をキラキラと輝かせ、由香の瞳を覗き込んできた。
純粋な喜びに満ちた彼女は可憐で、女である由香からしても愛らしく写った。

「由香が来てくれるだなんてっ……!ね!由香!私楽しみにしてる!あと!美味しいお菓子を用意して待ってるね!」

「ありがとう、ロザリアちゃん」

「ねぇねぇ!今日一緒に帰ってもいい?」

その質問には、二つ返事では答えられなかった。
由香は転校してきてから、ずっと和真と可奈の二人と一緒に帰っていた。
二人とも、特に和真の方は不服だったとは思うが、同じ家に住む親戚という間柄なので、往来は一緒というのが常だった。

ロザリアの言葉に、二人を待たせてしまっていた事を思い出し、由香は

「ごめんね、先約がいるの!」

と、ロザリアを振り切る形で荷物を抱え急いで教室を飛び出した。

だが、それは叶わず、由香はなにか扉の先にいた大きなものに激突した。

「……おい」

「ごっ!……ごめんなさ……っ!」

怒声に慌て、上を見上げると、今から会いに行こうとしていた人がそこにいた。
不自然に染められた茶色がかった金の髪に、苛立ちをたたえた眼差し。
咄嗟に距離をとった由香は、顔から血の気が引いていくのが手に取るように分かった。

背後から聞こえる可奈の声が、ぼんやりと響いていた。

「あちゃー。……あのね、兄さん。女の子に向かって、おい、はないんじゃないの?」

「馬鹿みたいにぼーっとしてるコイツが悪い」

「そんな言い方ないでしょ!」

「おい」

和真は可奈の暴言を気にも留めずに、由香に向き直った。

「遅いぞ、屑」

「く……くず……」

切ないような悲しいような、なんとも言えない気持ちになるが、何時もの事なので慣れっこになってしまった。
もう少し馬鹿にされないようにしないと。
ポジティブに考えていなければやっていられない。
傷付かないといえば嘘になるが、もういい。

「ごめんね……由香姉」

「気にしてないから、大丈夫」

「それより、今日は遅かったのね。心配になったから来ちゃったけど……まずかった?」

可奈の伺い見るような目線の先にいたのは、黙って由香達の様子を観察していたロザリアだった。
ロザリアは二人には目もくれず、ずっと由香を眺めていた。

「あの子、すっごく可愛いね。あれが噂の転校生?」

「うん」

「あの、お邪魔してしまったならすみません!」

可奈は丁寧にロザリアに礼をしてみせた。
ロザリアも、これにはリアクションを見せ

「気にしないでください」

と、優等生の鏡のような対応をしてみせた。
朝の事があっただけに心配だったのだが、ロザリアは至って由香の言う事には従順だった。

「ロザリアちゃん、また明日ね」

「うん、ばいばい。由香」

早く立ち去りたくて、由香は急かすようにして二人を連れ出した。
それは、ロザリアと二人を長時間接触させるの面倒くさい事になるというのと、もう一つは回りにいた何人かの生徒が和真と可奈の存在に気が付いていたから、という事もあった。

二人は目立つ。
ロザリアやキースとは違った雰囲気のカリスマ性を持っている。
可奈は学園のアイドル的な存在として人気だったし、和真は和真で下級生から相当な人気があるようだった。
告白された事も何度かあるらしいが、可奈曰く全部断っているらしい。

帰る道すがら、ずっと可奈はロザリアについて語っていた。

「凄い美少女が来たって聞いてはいたんだけど、びっくりしちゃった!本当にお嬢様みたいだった!兄さんもそう思うでしょ?」

「別に、興味ねぇよ」

意地を張っているのかとも思ったが、和真は本当に無関心そうだった。
どこか遠くを眺めてポツリと呟くだけで、脳裏では別の事を思案しているように見えた。

「由香姉は、ロザリア……さんだったっけ?あの人と仲良しなの?」

一瞬返答に困ったが、ここは頷いてもいいだろう。

(ロザリアちゃん、悪い子ではないし……)

由香の回答に満足したのか、可奈は上機嫌だった。
反対に和真の機嫌は降下しているように見えた。
表面上は普段となんら変わりないが、なんとなくピリピリしているように感じた。

「ロザリア・ルフラン……だったか?俺は、ああいうのはタイプじゃねぇよ。というか、嫌いな部類」

「えー、ロザリアさん、かわいいじゃない」

「あいつはなんとなく気持ち悪い」

ロザリアは完璧だ。彼女は完成された芸術だ。
それは確かに恐ろしい事なのかもしれない。
由香はどこか和真の言う事に共感を覚えた。

ロザリアは素晴らしい。
だからこそ、由香は彼女を。
あの兄妹を、恐れている。

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