03

「長居くん。
下の名前、教えて?」

男は笑顔を崩さない。
ニコニコニコニコ。

ホストっていう職業の性なのだろうか?
昨日、言い争ってる現場では面倒くさそうな顔してたくせに。

「真、です。」

「まこと。」

俺の名前を呼ぶ男。

「真、昨日、庇ってくれて嬉しかったんだぁ。
こんな気持ち、初めて。
昨日のこと思い出しただけで、もう心臓がぎゅうってなっちゃう。」

は?
という、俺の気持ちを全く意に介することなく、男はさらに言葉を続ける。

「これってきっと、初恋だと思う。」

頬を染め、秘密を打ち明けるように小さな声で男は言った。

「…そうですか。
でも、俺は…。」

男から告白されるとは…。
まぁ、男でも女でも、ややこしいことになる前に、ハッキリしといたほうがいい。

キッと男の目を見る。

しかし、俺が何か言うのを押しとどめるように、男は俺に向かって手を伸ばした。

手を伸ばした先は、俺の唇。
男の人差し指と中指と、そして薬指が、俺の唇に触れた。

「ふふ、真の唇、柔らかいねぇ。
俺の名前、千林 朱理。
セン、は、店での名前ね。
あ、でも、真は俺のこと、朱理って呼んでね?」

嫌だ、と言いたい。
しかし、口を開くと男の指が口の中に入りそうな気がした。

「真、ねぇ、俺、真のこと、知りたいな。
何歳?
学生さん?
どこに住んでるの?」

次から次に、質問を繰り出す男。

状況についていけなかったけど、さすがに少し落ち着いてきた。

ひとまず、唇に乗せられた指を離すために、男の手首を掴んだ。
高級そうな腕時計がはめられた、決して細くない手首。
その手首を、ゆっくりと下ろす。

「あなたに教えることは、何もありません。」

男の目を見て、しっかりと宣言。
今までと、同じだ。
男でも女でも関係ない。
告白を断るときは、目を見てハッキリ言うに限る。

「真、そんなこと言わないで。
悲しいよ。」

男は笑った顔を引っ込めて、眉を下げた。

「あなたが悲しくても、俺はあなたに興味がありませんから。」

「朱理、だってば。
あなたなんて、そんな他人行儀な呼び方しないで。
しないでしないで。」

男には俺の言葉が通じないみたいだ。
困った。

こんな困る告白は初めてだ。

どう対処しようか考え込んでいる間も、男は矢継ぎ早に質問してきた。

「ここはバイトなの?
いつも、何時くらいまで働いてるの?
今日の晩は何食べるのかな?
好きな食べ物は何?
一番好きなやつ、教えて?
今度一緒に食べに行こうか?」

永遠に続くかと思った質問の途中、再びドアベルが響いた。

「いらっしゃいませ。」

レジの前にいた男の正面から体をずらし、新しく入ってきたお客さんに応対する。

俺の意識がドア近くのお客さんに移ったことに気付いた男は、質問することを止めた。

「俺、そろそろ仕事行かなきゃだから、また明日ね。
明日も、来るね?
待っててね?」

ニッと口角を上げた男は、体を翻してドアへ向かった。

明日は、バイト休みだから絶対に会うことはないよ。

そんなことを思って、店から出る男の背を見送った。



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