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朱理さんが俺の部屋を訪れてから一ヵ月ほど経った。

あの日、一緒に住むことが確定したような朱理さんの口調に少しの恐怖を覚えたが、朱理さんは毎日姿を現すことは無かった。

朱理さんなりに気を遣っているのか、俺の部屋に来るのは週末だけだった。

そんなことに安心する俺は、大分と朱理さんに毒されていると思う。
毎朝毎晩電話かかってきても、一日に何十通もメールが送られてきても、週末の明け方にインターフォンを連打されても、一緒に暮らすよりはマシ、なんて思ってしまうのだから。


「本当はねぇ、休みの日も会いたい。
まだ、デートしてないし。
電話、あんまり出てくれないし。
メールも返してくれないし。
真は、忙しいのかな?
忙しいから、デートできない?
電話出られない?
メールも返せない?」

ある週末、俺の隣でベッドに納まっている朱理さんに尋ねられた。

「そうですね。
忙しいですね。」

できないのではなく、したくないだけ。
などと言えば、朱理さんは何を言い出すか分からない。
だから、適当に話を合わせておく。

ふう、と溜め息をついた朱理さんは体を横に向けて、俺を熱っぽく見つめた。
俺は仰向けになっていて朱理さんと視線は合ってないけど、その視線の熱はどうしても伝わってくる。

「じゃあさ、バイト、辞めちゃえばぁ?
その分、俺のために時間を使ってよ。
お金が必要なら、俺がいくらでも出してあげる。
心配しないで?
俺、結構稼いでるから。」

朱理さんがどんな店で働いてて、どれくらいの人気があって、いくら稼いでるかは知らない。
知らないが、初めて会った日のことを思い出すと、かなりお客がついてるのではないかと予想された。
それに、服や靴、腕時計など、身に付けているものはブランド物ばかりだ。

「それじゃ、ヒモみたいですね。
俺、ヒモは嫌です。」

「じゃあ、真は俺をお嫁さんにしたらいいんじゃないかな?」

じゃあ、って何だ?
じゃあ、って。
仰向けのまま、眉を顰めた。

「俺が働くから、専業主夫になってよ。
そしたら、ヒモじゃないでしょ?」

名案だと言わんばかりの、弾んだ声。

「真が大学出たら、そしたら一緒に住もう。
それまでは、週末婚だね。」

俺の意見を聞くことなく、朱理さんは勝手に話を進めていく。

心の中で、深く息を吐く。
就職先はここから遠い土地にしようと決心するには充分な、朱理さんの人生設計だった。

朱理さんの輝かしい人生設計を聞き流していたら、外から新聞配達のバイクの音が聞こえた。

「朱理さん、もう寝たらどうですか?
眠いでしょ?」

朝の5時。
早起きの人なら起きる時間だ。

「うん。
そうだね。
寝ようか。
ねぇ、真。
今日は、ぎゅって抱きしめててくれる?」

腕枕がいいだの、抱きしめてほしいだの、手を握っててほしいだの、いろんな要求をしてくる。

しかし、キスやセックスを要求されたことは、まだ無い。
さすがにそれは断るつもりではいるが。

「さっさと寝てくださいよ。」

仰向けだった体をごろりと横に向け、腕を軽く回した。

「真、もっと、強く。」

抱きしめるだけでも感謝してほしいのに…。

今日、何度目か分からない溜め息をついて腕に力を込めた。



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