愛染香――それは昔、吉原で密かに使用されていた危険な類の伽羅。
一つ嗅ぐだけで興奮状態に陥り脳内に過剰な快楽物質が生成され、その場にいる相手に恋愛感情に似た感情を抱いてしまうという効能から魔性の薫とも呼ばれている。
現在では使用を禁じられている愛染香を利用できないかと画策したどっかのヅラが吉原に侵入し、様々な犠牲を出しつつも裏ルートから一つのサンプルの奪取に成功。

「相変わらずやる気の感じない死んだ魚のような目をしていますね。しかし私は知っています、貴方が誰よりも心優しく周囲の人々を見守っていることを。誰よりも身体を張って自らが傷つくことも厭わず戦っていることを。……ですが、私の前でそうする必要はありません」

たった一つだけ確保出来たサンプルなのであるが。

「誇りに思います。けれど私はそれを決して許せないし、見ていて心苦しいのです。貴方はもう少し寄り掛かるということを覚えるべきですよ」

不手際によってトラブルが発生するのがお約束であった。

「もっと私を頼ってくださいな、銀時」

(誰か雪成こいつを止めろォォォオオオ!!)

逃走で疲労した桂は無断で万事屋に入り込み、バレないように屋根裏で仮眠をとっていたのだが、懐からサンプルが零れ出て昔話のおにぎりよろしくコロンコロンと転がっていき、吸い殻入れに落ちた。そして運悪く万事屋に用事があって訪れた雪成と、偶然煙草を吸っていた銀時がフュージョン。直ぐに見覚えのあるハート型に気付き潰したお蔭で銀時は被害を免れたが、愛染香の存在を知らない雪成はその香りを吸ってしまい、この始末である。

「何処を見ているのですか銀時。目と目を合わせて私を見てください」
「い、いやッ、それはちょっと、無理っていうか」
「私と目を合わせたくないと?」

(やめろ!!そんな目で俺を見るな!!!)

愛染香効果で雪成から連続して放たれる攻撃に動揺している銀時はまともに視線を合わすことも出来ずに、悲しげな目で見つめてくる雪成に罪悪感が刺激された。
如何せん、先日の愛染香効果で大暴れする女傑どもを目にしているせいか控えめにアプローチしているだけで好感度爆上げとなるのだ。刀は振り回さないし、重石も振り回さない。それぐらい普通の事なのに。憐れ。
切なげに銀時を見つめていた雪成だが、ふと銀時の頬が赤くなっている事に気付くと小さな笑みを浮かべ。

「相変わらず可愛いですね、銀時は」
「大の男が?やっぱお前、相当趣味悪ィよ……女相手に言え」
「趣味が悪い事は昔から自覚してます、こればっかりは直せません」
「そこは否定しねェのかよ!!」
「否定してほしかったのですか?」
「違うけど!!??」

いやそうじゃなくて。俺が言いたいのは言うべきなのは愛染香についてで。男にキショいことを言われてケツの危機でハルマゲドンなわけだから、早急に対処しないといけない。
色々と頭の中でぐるぐる考えていたというのに、雪成がそっと伸ばした手が銀時の頬に触れた瞬間、なにもかもが消え去った。

「銀時」
「×○×◇■■×◇○▽□◆!???!」

ち!か!い!離れろノーセンキュー!
そう言いたかったのに、口ははくはくと開閉を繰り返すだけで何一つ言葉にならない。
こんなにも至近距離で見つめ合うなんて、雪成との付き合いも随分と長くなるが今までで一回もなかった。
さらさらして良い香りがする黒い髪も、燃える火のような赤い目も。真剣な顔で見つめてくる雪成がこれほど格好良く見えるということは、ひょっとして自分も愛染香を吸っていたんじゃないかと。そんな思考が頭を巡る。
目前のことで手一杯の銀時はじわりじわりと頬の赤みが広がっていっていることに気付けず、それを間近でまじまじと眺めていた雪成はにやりと口角を上げた。

「うん。やっぱどんなに趣味が悪いって罵られようがお前が一番可愛いな。なあ銀時、」

あの香りがなくとも、こんなにも愛らしく見えるのはお前だけだよ。


――――ああもうずっとこのままで良いわ。
銀時は考えることを放棄し、目を閉じて頬に触れる雪成の手に擦り寄った。


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