ただの好奇心と、大人に憧れる興味だった。
銀ちゃんが学生天国の書類を作って、それでハンコを押した。その動作に良いなと思ったから新八にどうすれば自分のハンコを手に入れられるか聞いたのだ。

「神楽ちゃんの印鑑かぁ」
「うん、どこで売ってるアルカ」
「安物でもいいなら普通は百均で見つけられるんだけど……神楽ちゃんは名字ないんだよね」
「新八だと志村?」
「銀さんだと坂田だね。普通の名字だから簡単に手に入るけど、神楽ちゃんだとお店の人に作って貰うことになるかな」
「お店って何処にアルある?」
「……印鑑って遊び道具じゃないからね?悪戯にほいほい押しちゃ駄目だよ?」
「悪戯になんか使わねーヨ!!」
「そもそもどうして印鑑を欲しがるの?」
「銀ちゃんが学生天国でハンコ押してたからカッケーって思った」
「………………ああ確定申告ね!分かり辛!」

まったく失礼な奴である。新八に店が何処にあるか教えてもらって、早速定春に乗って向かった。善は急げだって寺子屋で習ったし。

「無理だね」

断られた。

「なんで?正当な理由がなきゃ納得できないネ」
「天人による書類偽造とか詐欺が多くなったから一介の店で制作する事を禁止されてんだ」
「私悪いことしないヨ」
「お前さんはしなくても意味ねえの。幕府公認のとこじゃねーと作れねえよ。そんで、そこも大金持ってねえと門番払いされるから無理」
「…………」

店を出て良い子に待ってた定春の頭を撫でる。
ささくれ立った感情の赴くまま電信柱を殴り、散歩をすることにした。



(なんで無害で可愛くて美しい神楽様がクソ共の所為でハンコ作れなくなるアルネ!)

苛々しながら歩いていると何時の間にか見慣れた道に来ている事に気付いた。きょろきょろと見渡すと見慣れた看板が見える。パッと気分が明るくなり、定春と一緒に門を潜った。

「遊びに来たアル!あっ、良い匂いがする!」
「おや、タイミングが良いですね」
「先生ー!何やってるアルカ?……焼き芋!!」

くんくんと匂いを嗅いでピンとくる。先生は笑って出来たばかりの焼き芋が入った袋を渡してくれた。

「正解。お一つどうぞ」
「きゃっほーい!定春はもうちょっと冷めてからな!」

ほくほくと綺麗に焼かれた芋に涎が出る。定春が食べるにはまだ熱過ぎるので待てをさせて冷ました。友達と喋りながら焼き芋を食べるのは美味い。

「好きなのをかけて召し上がってくださいね」
「お、流石気が利くネ」
「松下先生、なんでワサビが……?」
「これが中々癖になるんですよ」

置かれた調味料の中に混ざるワサビが異色を放っていた。他にもバターとかマーガリンとか、銀ちゃんが喜びそうなバニラアイスとハチミツもある。あとマヨネーズ。バターとマヨネーズを一緒にかけて食べると凄く美味かった。さっきまでの出来事も頭の外に放り投げだされる。

「なんでィ、余計な兎が一匹混ざっていやがる」
「げ!サド!」

だったが、不快感のある奴が現れた。しかしサドは皆が持つ焼き芋に気を取られていて、面白そうに笑った。サドっ気がまったくないただのガキみたいな顔だったから面食らう。

「今年もコレですかィ先生」
「ええ、なんだか毎年恒例行事のようになってしまったので今年も」
「どこから仕入れてんです?此処で食う芋は屯所のより出来が良いや」
「さて何処でしょうね」

月日の長さを感じさせる会話に皺が寄り、焼き芋の最後の一口を乱雑に食べ終えた。

「おかわり!」
「どうぞ神楽ちゃん。焼き芋もそろそろお終いですよ」
「チッ、どっかの犬公の所為で取り分が減っちまったアルな」
「どっかの大食らい娘の所為でガキ共の分が減っちまってんなァ憐れだぜ」
「やんのかコラ」
「お前の事だなんて一言も言ってねェけど?」

睨みつけあってバチバチと火花が舞う。サドが持ってきた不快感と何処かへ行っていた筈が戻って来た不快感が合わさり、得物の番傘を握る。

「沖田くん、神楽ちゃん」
「「すみません」」

先生が間に入りニッコニコと握り拳を持ち上げる姿を見た瞬間に謝罪の言葉が口走っていた。ぐっ……ゲンコツは嫌アル、めちゃんこ痛いアル。あいつも謝ったな、と横を見ると目が合う。非常に渋い顔をしている。恐らくだが、きっとサドもあのゲンコツを味わうのは嫌なんだろう。

「……」
「……」

「「寺子屋ここにいる時は手を出さないでおいてやるぜィ/アル」」

一時停戦を選んだ。先生に殴られない為だから仕方がない。

「さ、皆さんのお腹も膨れたところで芋版タイムに入りましょうか」
「?いもばんて何アルか」
「神楽ちゃんは芋版始めてなんですね、では初心者組と一緒にやりましょう」
「先生、指南役は俺が」
「あまり挑発しちゃ駄目ですよ?」
「分かってまさァ」

とりあえずサドの方が分かっている事が分かって凄いムカついた。

「ほらよ。取り扱いに気を付けろよ」
「彫刻刀?」
「半分こにした芋をこうやるんだ。お前らも好きなもんでやってみな」

真ん中で切った芋の半分を持ち、表面を彫刻刀で削り始めるサド。皆もそれを真似して削っているが、どうにも気乗りしない。万事屋の仕事でもそうだが細かい作業は苦手だ。一番最初に完成したのはサドで、ぽんと紙に芋を押して離すとそこには犬の絵があった。思わず目が輝く。

「おー!」
「ざっとこんなもんだ。ん?チャイナが一番遅れてんじゃねェか」
「う、うっさいアル」

ちょっとした恥ずかしさを感じ視線をずらす。まだ全くと言っていいほど進んでいない、綺麗な芋を見つめて、ハッとある事を思いついた。

「これで名前作っても良いアルか!?」
「まあ出来るけどよ……おめェ一度もやった事ねえんだろ?難易度高いぜ」
「作って良いんだナ?!名前!名前でやる!!」
「……しゃーねェなァ」

新しい紙を渡してきたが何を意味するのか分からなくて首を傾げていると溜息を吐いた。イラッとくる。

「一度此処に書け。んで裏返しにして透かしながら反転した名前をもう一度書け。それを見て掘れ」
「……なんで?」
「何時も通りのまま掘ったら判を押した時逆になっからに決まってんだろィ。チャイナお前は見本もなく名前を反転して書けるか?無理だな、無理に決まってるな。だから書け」

一々ムカつく言い方で堪えるのにも一苦労だが、正論で寺子屋だから必死に耐えた。その後もクソ野郎からチクチク言われ何回か耐えきれず爆発して喧嘩になりながら芋版を掘り、幾つも芋を台無しにしてしまいつつもチャレンジし続けた。

「もう夕暮れですよ、今日は終わりにしましょう?」
「まだネ!まだ出来てないアル!」
「でも神楽ちゃん、もう帰らないと銀ちゃんさんが心配するよ」

上手くいかない苛立ちから彫刻刀も三本目になっていたが、帰宅しなければいけない時間になっても完成しなかった。帰らなきゃいけないのは分かっている。だけどまだ私のハンコが出来てない。私のハンコがない。

「バーカ」
「っ何するアルかテメー!」

デコピンをしてきたサドをガンとばす。

「ビギナーが名前の芋版を簡単に成功させられると思うな、帰れ」
「……神楽様を一般人と一緒にすんな、もうちょっとでできるヨ」
「だから今日はっつってんだろーが。明日、今日の続きをやりゃいいだろ」

虚を突かれた。大きく目を開けて、閉じて、開けて、小さく頷く。

「また明日来てください。ね、神楽ちゃん」
「うん………」

先生に頭を撫でられ、彫刻刀を返す。サドを見るが目は合わなかった。

「そんじゃ俺も帰りまさァ」

「…………お前も、明日来いヨ!そりゃもうすっごーい芋版が出来るからな!」

きょとん顔。これも今日初めて見た。でも直ぐ普段から見る人を小馬鹿にした表情に変わる。

「ハッ、そんなに言うなら見てやらァ。お前のヘッタクソな芋版をな」
「フン!吠え面かかせてやるアル」



態々金を払ってあんな店の奴に作って貰う事は無かった。
無いなら作れば良い。
その方がずっと楽しいし、面白いし、思い出も出来る。
それに、安上がりの方が良いって新八も先生も言ってるし。


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