キイ。小さく音を立てながら門を開け、足を踏み入れる。

「なにをしてるんですかィ?」

此処は、実に都合の良いサボり場所だ。





「芋版を作ってるんですよ」
「へえ」

ガキ共と先生が焚火を囲み芋を焼きながら片手間に半分に割れた芋を刻んでいる。懐かしい、俺も武州にいた頃近藤さんと一緒にやったものだ。慣れない最初の内は何個も芋を駄目にしちまったけど。

「あーあ、ミスしまくってやんの」

どうやら今回が初めてらしいガキ共も俺の時と同じく、掘ってボロボロに刻まれた芋を増やすだけで一向に判子を作れてない。秋の肌寒さに俺も焚火に寄り腰を下ろした。

「るっせェなー」
「次こそ完成させるよ!」
「慣れるまでが正念場ですよ、頑張ってください」
「そーいう先生は随分と手慣れてるようで」

先生の手にある松下と書かれた芋版は俺が今まで見てきた中でもかなりの完成度だ。

「今まで幾つも作ってますからね」
「よくできましたハンコももう少しがんばりましょうハンコもぜーんぶ先生が作ったんだもんね」
「芋版以外の判子も作ってんですかィ」
「ええ、判子に限らず手作りで賄えるものは一通り」
「成程」

その方が安上がりだからかと納得する。ずいっと芋を差し出された。差し出してきた主を見るとガキの内の一人で、何が楽しいのか分からねえがすげェ楽しそうに笑っている。

「総悟さんもやってみて!」
「えー、面倒臭……」
「では沖田くんどうぞ」
「面倒臭いんですけど」

先生までにこにこ笑顔。彫刻刀を渡された。周囲にはわらわらとガキ共が集まって逃げ道が塞がれている。……謀ったな。

「しゃーねェなァ。おいガキ共、何かリクエストあるか?」

そう言ってやれば次々と手があがり文字や花や動物や、とにかく色々なアイデアが上がった。小さい頃これで遊んだことがあると言ってもかなり前の話だ。あんま難しい物はできない。

「んじゃ、兎な」

女子から歓声があがり、男子はブー垂れた。特徴的な部分の耳を誇張して掘ってやれば多少出来栄えが悪くても兎に見えるから楽だ。文字だと反転を考えてやるのが面倒臭ェ。ささっと作り上げて、そんで出来上がった芋版をガキの手に戻す。

「わー!本当にうさぎさんだ!」
「先生の次に凄いねっ」

わらわらとガキの元に別のガキ共がタカって覗き込んでいく。そんなに上手くは出来なかったが、まだ一度も成功出来てない奴にとっちゃこれでも充分なんだろう。

「ま、これがお前らと俺の差だな」
「超ムカつく」
「禿げろ」
「今舐めた口叩いた奴"俺に舐めた口を叩いた罪"で逮捕」
「なんでだよ!」
「そんなもんねえだろ!」

鯉口を切ってニヤリと笑えばクソガキは慌てて先生の後ろに隠れる。根性なしが。

「お上手ですね」
「先生ほどじゃねえでさァ。うわ、これとかバラじゃねェですか、さっすがー」
「偶々うまくいっただけですよ」

試しに判を押されて赤インクがついている芋版の一つを手に取って裏返したら、一目で判別できるバラが掘られていた。持ち上げてみても先生は何時も通り笑うだけ。

「ところで沖田くん、折角寺子屋に来たのですからプリントの一つでも解いていきませんか?」
「嫌でーす」
「おや、勉強は嫌いですか?」
「分かった、とけないからだろ!バーカ!」
「そうだ俺は馬鹿だ。だからやらねェ。次に俺を馬鹿と言ったら目を潰す」
「開き直ってる!?」

ガキの煩わしい大声を無視し焼きあがった芋を食べる。甘くて美味かった。良い芋使ってんなと思っている途中、ふと先生と目が合う。

「好きなだけどうぞ」
「……あー、どうも」

こりゃァこっちの内見透かされてんなァ、と分かって思わず溜息。



仕事は遣り甲斐があるし、真選組の名が挙がってくのは嬉しかった。危険な内容の分高給取りで姉上の仕送りの金額が増える。仕事をやり遂げれば相応の見返りが来た。
しかし、治安を守るのはともかく人を殺して金が貰えるのには笑えた。
殺す対象を選んで分けているだけで、敵も味方も人斬りである事に何ら違いは無いというのに。
どいつもこいつも同じ人殺しなのに、仇をとってくれてありがとうって礼を言われるんだ。これ以上可笑しなことがあるか。
別に仕事内容に疲れてるわけでも気が滅入ってるわけでもない。死んで当然の奴を殺してるだけだし、いや天人にへえこらしたり何の反論も許されねえのはストレス溜まるけど。
それは割り切らなきゃいけない事であって、事実割り切れてる。

でも。
偶にだが、江戸に来る前の事を思い出す。無性に頭に焼き付いて離れない時があった。

芋版に初めてトライして無残な芋ができた時、姉上は笑って「次は上手くできるわ」と頭を撫でてくれた。そういや、ガキだった俺よりも近藤さんの方が芋の残骸量が多かった。土方さんが増えてからもやったな、アイツめっちゃ下手糞でウケる。

此処にいると、武州を思い出した。



「またね、真選組の人」
「ばいばーい」
「またいらっしゃい、沖田くん」

「…はい……また今度」

暖かい場所だという事は分かる。だから足を運んでるんだろうと自己分析も済んでる。
でも此処にいると稀に、なぜか目の奥が熱くなるんだ。


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