「雪成、銀時、見てください。ご近所の方から恵んでもらったんですよ」 松陽の腕には大きなスイカがすっぽりと収まっていた。 「でかいな」 「なんだそれ」 「銀時は知らなかったのですね。これはスイカと言ってウリ科の果実で、物によりますが甘い味がするんです」 「ウリ科って、キュウリとかヘチマと同じか」 スイカを見上げて納得したように頷く銀時。食べ物が関係すると脳みその働きがよくなるよな、お前。 「塩を振って食うと美味しいらしいぞ」 「おや、そうなのですか?」 「そう聞いた事がある」 誰に教えてもらったのかは覚えてないが。もしかしたら噂話を耳にしただけかもしれない。 「では早速食べてみましょうか。氷水で漬け終えた直後に貰えたので冷たいですよ」 「んじゃ包丁用意する。松陽は塩な」 「はい」 「俺は?」 「動物に盗られないように見張ってろ」 「おう」 他の用事も思い浮かばなかった為、実質の待機を言いつける。本人は気付いてないので構わないだろう。それぞれ道具を用意し、準備完了してから松陽は楽しそうにスイカを半分に切って、もう半分ずつ切って、そんでもっともっと切って、そして切り終えた。 「よし、出来ました!」 「いや出来ましたじゃねーだろ。大きさに振れ幅がありすぎるぞ」 「これとこれとか凄ェちっさいな」 「いやあ意外と難しいですね、均等に切るの。二人もやってみれば分かりますよ」 スイカを切ったの初めてなのか松陽。思わず松陽をジト目で見つめ、一番小さく切り分けられたスイカを手に取ってまじまじと眺める。 「俺がやってたらちゃんと出来てたな……」 「……これが一番でかい」 さらっと吟味して大きいスイカを取った銀時の頭を叩く。何勝手に選んでんだ。 「いっ!別に良いじゃねえか、どうせこの中から選ぶんだから!」 「抜け駆けされるとイラッとくる」 「ハァ!?心せっま!もっと大らかになれ!」 うるせえ大声を出すな。ただでさえ蒸し暑くて苛々してるってのに。 「まあまあ。雪成は銀時より年が上のお兄さんなんですから寛容に寛容に」 「……兄ちゃんか」 ちょっとだけ冷静になった。……いや待て、やっぱり年下ってだけで多く物を得られるっておかしくねえか?俺も沢山食べたい。 「誰が誰の兄ちゃんだよ、薄ら寒い」 「この暑い夏に寒いって思えるなんざ貴重だな、もっと言ってやるよ。兄ちゃん兄ちゃん兄ちゃん兄ちゃん兄ちゃん」 「止めろ鳥肌立つ!」 「お前より年上なんだから譲れ。兄ちゃんに譲れ」 「兄ちゃん言うなっつってんだろ!絶対ェやだね!」 「上の者に譲るというのならば、身体が大きく摂取するべき栄養がそれ相応に多くなる私がそれを食べるべきだと思いますが」 「「……」」 銀時と目があった。凄く不本意だ。不本意だが、このままコイツに食べられるよりはマシ。身体が大きいほど食べる量も増えるというのも筋が通っている。 「……まあ、それなら良いぞ」 「……ん」 「おや、本当に良いのですか?」 どういう理由なのかは分からないが、どうやら銀時も同じ結論に至ったようで松陽にスイカを差し出した。松陽は不思議そうに俺らを見つめ、それから何が面白いのか笑ってスイカを受け取る。 「ふふっ、ありがとうございます」 塩をふり食べ始めた松陽に俺も食べようとスイカが乗った盆と向き直った。 「雪成は今持ってる奴な、俺はこれ!」 「は?ふざけんな」 「一度手に持ったんだから変えるなよ、当然だろ」 ……食事のマナー教育で俺が散々怒鳴ったの根に持ってるな? 「それは箸の話だろ、それとこれとは別だ」 「ダメですぅーそれを食べなきゃダメですぅー、お前の体温が残ってますぅー」 銀時は相手の神経を擽る天才だ。こめかみの血管が浮き出る気配を感じスイカを持つ手の力が強まり罅が入ってしまい、その音でハッと我に返り溜息を吐く。 「……しょうがないな」 ちょっとだけだが壊しちまったし、我慢してこれにしよう。次はもっとでかいのを取る。 「ふんふーん」 「美味しいですね、スイカ」 俺が一番小さいのを食べる事になってご機嫌な銀時の姿を見ていると大変不愉快なので、庭に生えている木を眺めて誤魔化す。量は小さいが味は申し分なかったからスイカを食べて少し気分は紛れた。 「なあ、これ本当にうまいか?しょっぱいぞ」 「銀時に塩は合わなかったですかね。では次からはそのままの味を楽しみなさい」 「そうする。あーあ、塩ふって食うと美味しいって誰かさんが言うから不味い思いしちまった〜」 我慢。我慢だ。甘味好きのコイツが塩を美味いと言う筈なかっただろう。予測できなかった俺の落ち度だ。落ち着け俺。己に言い聞かせている時、松陽はふと顔をあげて銀時に質問を投げる。 「あれ?銀時、種飲みました?」 「種ってなんだ」 「ほら、所々に混ざってるこの黒い粒のことですよ」 「あーこれな……硬ェからそのまま飲んだよ」 「え?」 「……えっ、なに?何かまずいのか?飲んじゃいけなかったか?」 「ああ、いえ。……ただ、ちょっと気になる事がありまして」 少し雲行きが怪しくなってきたな。顎に手をあてる松陽と不安そうにする銀時の会話を聞きながらスイカを食べ終えた。 「種を飲んでしまったら、銀時のお腹の中でスイカが出来てしまうのではないかと思いまして」 「……え゛っ」 一気に顔色が悪くなった銀時と真面目な顔で語る松陽の話に吹きだしかけたが何とか我慢する。 「ほら、植物や野菜は元々種であることは銀時も知っているでしょう?」 「あ、ああ……でっでも!水とか太陽が無きゃ育たねえだろ!」 「銀時……水は日常生活でも摂取しますよね……?」 「あ゛っ」 「太陽はお前自身が当たれば問題ないだろうしな」 「ひぇっ!」 銀時は面白いくらいにビクついているのが酷く俺の腹を擽り、笑っているのがバレないように顔を背けた。 「ど、どうしよう!?どうすればいい!?俺の腹が畑になるのか?!なあオイ!なあ!」 「……太陽を遮断した上での幽閉と暫くの絶食、とか」 「腹掻っ捌いて種とってみるか?」 「殺す気か!!!」 「しかしこのままでは危険ですよ、銀時」 「ああ、早くなんとかしねえとスイカを孕むことになるぞ」 「はらむ!?はらむってなんだハムの親戚か!?」 ふっふっふ……もっと困るがいい銀時め。内心ニタァッと嗤いながら、松陽を習って真面目な顔を取り繕う。 「お腹の中で、とは限りませんよ。もしかしたら胎内を基盤にして蔦が伸び、体外でスイカが出来るやも……」 「その可能性もあるな。そうなったら夏はスイカが食べ放題だ、頑張れ銀時」 「他人事だからって冷たすぎるだろォォォ!?外でできようが中でできようが俺にとっちゃ死活問題なんだけど!!」 「中で出来た場合、育ったスイカと一体化して何時しか他のスイカと見た目が大差なくなってどれが銀時か分からなくなりそうだな」 「えっ!!?」 「そんな事があり得るのですか!?」 「俺も分からないが、可能性として最悪を想定しておくのは大切だろ」 にしても松陽、迫真の演技だな。お前のマジな反応で銀時もどんどん追い詰められてってるぞ。 「う、うぁ……」 「大丈夫か銀時。まだ何処も緑色になってないからな、落ち着け」 「銀時、心配しないでください。村中の書物を調べて何としてでも阻止しますから!私たちに任せてください!とりあえず食事の量は控えめにしましょうね、危険ですので」 それから暫くは数分毎、風呂に入る度、食事の後、色々な時に銀時は服を捲って俺と松陽に「芽でてないよな!?緑になってないよな?!」と青白い顔で尋ねてくるようになった。そんな状態の銀時を宥めるふりして煽り散々からかって満足したので種を食べても問題は無いと本当の事を伝えたら、銀時は怒り狂った末に真剣を振り回してきたのは驚いた。 あとついでに松陽も驚いていた。種を飲んでもスイカは育たない事に。……あの反応は本気の方だったか。 戻る |