「あらやだ。雪成ちゃんってばモテモテねェ。誰その子?」
「妹ですよ、信女と言います」
「わたし、いまいのぶめ。……まつしたゆきなり」
「お代わりですね。ところで先程のように兄さん呼びをもう一回してくださったら腕によりをかけてご馳走を作らさせていただきますが」
「にいさん、ごはんほしい」
「十分ください、フルコースをお持ちします」
「待てや!!何処行くつもりだ!!」

スタッフルームに戻ろうと腰を上げた所で再び頭を蹴りつけられ床に倒れる。折角収まった出血が再発してしまい、頭を押さえた。

「何よパー子、こんなとこでフルコースを振舞ってくれるっていうのに引き留めんじゃないわよ」
「しかも十分よ十分、凄いわ松下さん」

「黙ってろジャッキー共!おい雪成、店長が戦線離脱した以上頼りになんのはお前だ!妹は忘れてマダムを接客しろォォォ!」

酔っぱらった女性陣とマダムたちが座る席から少し離れたところで胸倉を掴まれ、耳元で叫ばれて眉を顰める。

「いや、でもそのマダムも待ってますよ」
「ハァ!?……あ、本当だ、楽しみですって言ってる……」
「フルコースを作れるのも私ぐらいでしょうし、行ってきますね」
「スゲェ納得いかねーけどな!そもそもマダムの為じゃなくて信女の為だろうが!」
「結局はマダムの為にもなります。それでは」

スタッフルームにあるキッチンへ行こうとすると、ニヤニヤとしながらGINさんたちを眺めているSOUGOくんと擦れ違う。

「混ざらないんですか?」
「もうちょいアイツ等が無残な目に合ってから介入しまさァ」
「相変わらずですね」
「……」
「ん?どうかしましたか、SOUGOくん」

先程までのニヤニヤとした笑みが一変してSOUGOくんは口を尖らせ不満そうな顔で私を見ていた。

「随分と変わりやしたね」
「変わった、とは」
「あの女との兄妹関係のことに決まってるでしょう」
「ああ……」

背凭れに凭れ掛かって眠そうにしている信女を遠目で確認し、普段との別人っぷりを改めて実感する。さっきなんてふにゃふにゃした笑顔を浮かべていたし酒は人を変えるって本当ですよね。

「歩み寄ろうとしているだけです。仲良くなりたいと思ったらそうするのが当然ですから」
「今までは違ったのに、急にどうして」
「……急に、なんですかね」

私の曖昧な言葉にSOUGOくんは訝しみ、眉間に皺を寄せた。

「多分……彼女と出会ってからゆっくりじっくりと会う度に情は湧いていたんだと思います。何時の間にか積み重なって大きな物になってからやっと情の存在に気付いただけなんですよ、私は」

急に兄だ妹だと言われても兄妹らしいことが出来る筈が無い。信女が私の傍に居続けたのは佐々木さんの命令だし、私がそれを何も言わずに受け入れていたのは反抗しても意味がない事が分かっていたのと信女越しに権力を利用してやろうとしていたからだ。

確かに最初は冷え切った関係だった。でも、合間を縫って彼女が会いに来るものだからこの二年間はそれなりに一緒に居た。信女が万事屋さんたちに関わるようになって以降は更に濃厚な時間を過ごすようになった。信女が共に居る事が何時の間にか当たり前になっていた。

信女にとっても私はそれなりの存在となっているのだと、そう思いたい。

「では私はフルコースを作らねばなりませんので、これで」

SOUGOくんはまだ物言いたそうだったが、十分と言ってしまったので急がねばならない。話を切り上げてキッチンに向かう。材料があるかどうかが心配だったが冷蔵庫を開ければそれなりの食材が揃っており、一応それっぽい物は作れるだろうと安心した。

(美味しいと言ってもらえる料理をお出しせねば)

女性に甘言を囁きご機嫌をとるのは得意ではない。それならそれ相応の物をプレゼントする方がよっぽどだ。料理は嫌いじゃないし、無心で手を動かす作業の時間は好きである。

「よっし、やりますよ」

頬を叩き早速前菜に取り掛かった。


――――――
――――
――


シャンパンタワーを作っている志村くんTOSHIさんGINさんの横を通り、トレーに乗せた皿をテーブルに移動させる。

「大変お待たせいたしました、まずはアボカドの前菜、温冷ハーフ&ハーフでございます」
「待ってたわよー!」
「おい!日本酒もってこい日本酒!」
「畏まりました。麗しいお客様、少々お待ちくださいませ」
「にいさん、どこいくの」
「ん゛っ……注文の日本酒とサラダを取りに」
「……じゃあわたしもいく」

「ヒューヒュー、仲がいいねェお二方!」
「仲睦まじくて何よりだよガハハハハハッ」
「イチャイチャしやがってよぉ、何の余興もねェしチューでもして見世物作れよ!」

「おい、アイツ等本当に女子か。オッサンが憑依してんじゃねえのか」

投げられる酒瓶やグラスを避け、疲れ切った様子を見せるTOSHIさんの肩を叩いて信女と一緒にキッチンに戻る。

「んう……」
「……あの、信女」
「なあに」
「……楽しいですか?」

酔っ払いに聞くのは我ながら卑怯だと思う。でも、どうしても本人の口から確認しておきたかった。

「うん」
「……そうですか」

酒に酔った者の言葉を当てにするほど、滑稽なことはありませんよね。だけど少し安心しました。見廻組副長として励み、人斬りを自称する貴女がちょっとでも他の趣味や楽しめる事を見つけられたら、兄としてとても嬉しい。

「ん……」
「私に寄りかかって良いですよ。でももう酒はダメです」
「いじわる」
「とびっきり優しいじゃないですか」

その後、サラダ、スープ、パンと並べて行ったが途中でマダムは酔いが回ったと言って死神としての己を短く語ってから出て行ってしまう。

「オイ、テメー等」

シャンパンタワーという名のテキーラタワーで倒れていたGINさんは頭を押さえながら立ち上がり、私たちに話しかける。騒動が起こるのが何時も通りなら、それを面白おかしく収めるまでが一セットだ。

「ええ。着替えましょう」
「んむー……」
「お前はいい加減にしろや、ウェイターとして一回も働いてねェぞ!」
「では私の働きで±零にしておいてください。私が連れてきたのですし」

酔っ払い状態の信女では一人で着替える事は出来ないが、かといって私が手伝う訳にもいかないので志村さんに任せる。元の和服を着替え、沖田くんの頭を鷲掴む。

「ところで、沖田くん」
「……なんでしょう先生」
「信女の隠し撮り写真、洗いざらい消去して貰いましょうか」
「なんのことかさっぱり分からな」
「あ?」
「消去しやした」

拳を掲げれば秒で返事が戻ってきて、証拠として画像一覧を見せられる。携帯を奪い取り内部データを諸々確認して酒を飲んだ信女の写真が残っていないと確信を得、鷲掴んでいた手を離す。

「うぇー……シスコンって厄介ですねィ」
「シスコンなんでしょうか、私は」

弟は何人かいましたし、兄、か父親っぽい人ばかりで妹や母親的存在は皆無でしたから、何やら過保護気味になっているのかもしれません。

「そっちのツッコミ眼鏡然り、シスコンは面倒な生き物ですからねェ。さっさと直した方が良いですぜ先生」
「それ君が言う?」
「何回でも言いやすが。まァ女の身内が可愛く見えるのは確かに分かりますがね。つか実際可愛いですし」

万事屋さんと沖田くんのあっけらかんとした会話を盗み聞きしている副長さんを見て、ああ沖田くんも成長しているなと、信女の頭を撫でながら思った。

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