無一文から這い上がるノウハウはあった。小さい頃は授業料を取らない寺子屋経営を目指すなどという無茶を支えるべく、ガキの身分で偉そうに口出ししながら松陽と共に奔走したものである。だから遣り遂げる事が出来るかはともかく、何も出来ずに道を頓挫する気は一切なかった。 私を慕い一緒に働きたいと言ってのけ退職届けを出した同僚の存在に嬉しく思い、私を雇ってくれていた場所から独立して私の新たな寺子屋を作ろうと動き始めてから早一週間。そんな時期に、事件は起きた。 「どうしましょうか」 思わず口から吐いてしまったのも仕方がないと思った。いや、だってこれ…… 「かなりの大金ですねぇ」 ひー、ふー、みー、と数えていき途中で止めた。小市民には向いていません。 ――昼頃に教本の複製を作成していたらインターホンが聞こえ、届け物の木箱が届いた。それもずっしりとしていて重い。何も頼んではいないし身に覚えが何もなかった為に心底不思議だったのだが、危険物だった場合の対策を整えてとりあえず中身を確認した所、中に入っていたのは大量の札束だった。 「……怖」 第一の感想はこれ。 「血がついてる……」 第二の感想がこれ。 「どうしましょうか」 そして第三の感想として、最初の台詞に繋がる。 一部のお札についている血は浅黒くなっていてそれなりの時間が経過している事が分かる。何故この金を私に送ってきたのかが分からない。薄暗かろうが真っ当だろうがこれだけの金を稼ぐのは大変だったろう事は分かる。何故その金を私に送ってきたのかは分からない。 「……ん?」 木箱にぎっしりとつまった札束と睨めっこしている内に、二つ折りにされた札とは違う紙が混ざっている事に気付いた。興味本位からそれを手に取り折り目を元に戻すと、そこには見慣れた筆跡で文章が書かれている。 "好きに使え" 送り主の名前も住所も無く、短いただそれだけの文字があった。 「これは」 思わず声が零れる。汚い血がついた札束。それも大量に。過去に見た事がある筆跡。短い手紙。よくよく思い返せば少々怪しかった配達員。 こんなことをしそうな人物は、知り合いには一人しかいない。 「フッ……なんです、応援してくれるんですか?」 手紙を二つ折りに戻し木箱の中に放り投げてから蓋を閉じた。よっこいしょと木箱を持ち上げ自室へ。畳を取り剥き出しになった床下の土を用意したシャベルで掘って穴を作れば準備万端。木箱を穴の中に隠して。土を覆いかぶさって。畳を元の位置に置き。 隠蔽工作、完了。 貴方からの気遣いは嬉しいですが、もうちょっと独力で頑張ってみようと思います。あとは単純に、使ったら警察が動きそうな出所っぽい金に見えて使用する気が起きません。せめて血は拭ってくださいよ。 「素直じゃないことだけは幼少の時から変わっていないらしい」 行動と手紙から窺い知る事が出来た事実に、くすりと忍び笑いをした。 戻る |