「こんにちは、神楽ちゃん」 「あっ!先生ー!」 「神楽ちゃん、この方は……?」 テレビで見た事があるお偉い方の妹君にそっくりな同じ年頃の少女の姿に、屈んで視線を合わせた。 「私は寺子屋で先生として働いております、松下雪成と申す者です」 「塾頭アルヨ、塾頭!いっちばん寺子屋で偉いアル!」 「まあ、先生を!それは大層ご立派な職種に勤められているのですね。私はそよと申します」 下品な者が集うかぶき町とは程遠い気品さを感じた。そっくりさんではなく同一人物ですね。何故城下町にいるんでしょう、と思いながら頭を撫でようとする。拒否する様子を見せなかった為にそのまま撫でたら少し照れたようにそよ姫ははにかんだ。 「できたてほやほやの友達ネ」 「随分と可愛らしいお嬢さんと友達になったんですね、神楽ちゃん」 「ま、一日限定だけど。よっちゃんが生意気にそよちゃんに絡んでたから助けてやったのヨ!」 「人助けから縁が出来たんですか。それは素晴らしい」 「とてもかっこよかったです、神楽ちゃん」 「それで……お二人はこれからどこへ行くつもりで?」 二人共、大量のお菓子が入った紙袋を抱き抱えている。菓子屋にいたことが丸分かりですね。 「パチンコ!」 何を無邪気に言ってのけてやがるのでしょうか。 「ぱちんこ?」 「神楽ちゃん、貴女は何歳ですか」 「14」 「そよちゃんは何歳ですか」 「15です」 「パチンコは未成年の立ち入りを禁止しております」 「頭カッチコチなままじゃ世の中生き残れないアル、何時も銀ちゃんあれで一喜一憂してるし楽しそうヨ。パチンコで遊ぶネ!」 「先生として見過ごす事は出来ません」 「ふーんだ、そうやって何時も大人は子供の自由を制限する!行こっそよちゃん!」 「わっ」 「いや、犯罪ですから」 そよ姫の腕を引っ張り去ろうとする神楽ちゃんにもう一度声をかけるが、無視して走って行った。 「神楽ちゃん」 とんとんと草履を叩いてから足に力を籠め、神楽ちゃんに追いつくとニッコリと笑いながら頭を鷲掴む。 「あだだだだだ!!」 「パチンコ、行きませんよね?」 「ふぎぎぎぎ……!私は押さえつけられれば押さえつけられるほど反発したくなる性質アルゥゥ……!!」 「きゃあああ!?」 メリメリッと握る力を増やした。これぐらいで根をあげるような繊細な子ではないので、遠慮なくやれる。 「ええいっ!そうやって暴力に訴えて無理やり意志を奪おうとするとはそれでも教師かー!先生失格アルヨ!」 「行きませんよね?」 「行ーくー!絶対行くー!」 「ま、松下さん!神楽ちゃんを放してあげてください!」 「いえいえそよちゃん、此処で甘やかしたらこの子はつけあがります」 「でも、凄く痛そう……」 「ふんっ、が――ギィィィィ!!」 「おっと……」 その場でぐるりと身体を回転され、頭を掴んでいる手の拘束が弱めるとその隙に神楽ちゃんは抜け出してそよ姫と共に今度こそ逃げ出した。 「バーカバーカ!!そんな奴とは思わなかったヨ雪成のバーカ!!」 「呼び捨てですか」 夜兎の力は凄まじい。それなりの力で行った顔面鷲掴みに耐えてまでこうして逃げ遂せようとする胆力。安っぽいチャイナ服と小奇麗で高級そうだと一目で分かる着物を着た二人が遠ざかっていく。後ろ頸に手を当てて見送った。 (今日はやけにお巡りさんの姿を見かけるのが多いと思ったら……) まさか神楽ちゃんが誘拐をした、ということはないと思われる。緊迫感が見当たらないし、周囲の目を気にしていない。そよ姫が自ら出て行ったと考える方が自然。そして、将軍の妹君の家出がそう長く続くわけもない。かぶき町は気性が荒い者たちが集まりやすい、早く安全な場所に戻った方が良いだろう。 しかし。 「――ああ……こんにちは沖田くん。今、お忙しいですか?」 真選組の沖田くんに電話をかけた。 私は幕府の事を嫌っているので、妹君が見つからず大慌てしていても気にしません。 「偽物の目撃情報が多すぎだった。どうなってんだよ」 「まあまあトシ。夜になる前に見つかったんだから良いじゃないか、俺らの首飛ばずにすんだし」 「そんなの最低ラインだろう。早くに発見できればできるほど良かったんだ……チッ」 「見つけたっていうか自分から出てきましたしねィ、家出娘一人見つけられらんねーのかって嫌味いわれますぜ。あーあー」 「俺と近藤さんがなァ!他人事だろお前にとっちゃ!なァオイ、一番姫の偽物の情報拾ってきた総悟君よォ」 パトカーに乗り込んでいるそよ姫の表情は遠目からだがそんなに悪いものではなかったように思えた。 「俺だってビックリでさァ、まさか姫が着ている似た柄の着物と髪型が今日から流行り出すなんざ想像できやせん。よりにもよって家出したその日に厄介な流行が出来ちまったもんだぜ」 「お前の脳味噌はこれが偶然だって判断してんのか?明らかに誰かしらの意図が見えんだろ、作為的に仕組まれてやがる」 副長さんの言葉を話半分に聞いていた沖田くんの目が動き、視線が合う。口だけが形を変え、借りですぜと伝えられると薄らと微笑んだ。 戻る |