キャプテンの新八率いる親衛隊がバーチャル演技をし、お通をラブホテルに連れて行こうとしている最中。近藤は雪成の言いつけで椅子に座り大人しくしている信女の元へ向かい、恐る恐る声をかけた。 「あのォー、今井殿今ちょっとよろしいですか?」 「……」 近藤の声掛けに一瞥もくれずに信女は親衛隊の演技を見つめる。だらだらと冷や汗をかきながら再チャレンジ。 「ちょっとお話ししたいことがあるんですけれども!」 「……」 「よろしいですか?!」 「……」 「え、あの、ダメ?」 「……」 「ほんのちょっとだけでも……」 「……」 「……えっと…………」 「……」 「今時の若い子がどういう話ふったら食いついてくるのか皆目見当がつかない!!俺には駄目だった、すまんトシ!ずびーっ」 「こ、近藤局長は頑張りましたよ、あれは相手が悪かった」 「えぐっ、ぐすっ」 悉くを無視された近藤は悲しみによって顔から流れる涙と鼻水をティッシュで拭う。山崎は落ち込んだ近藤を慰めながら信女の様子を観察する。あれは明らかに強敵だ、と監察官として培ってきた勘が叫んでいた。 「誰が見たって簡単に攻略できねえ相手だってことぐらい分かるだろォ、監察官とか関係ねえよ馬鹿か」 「ちょっ沖田隊長地の文読まないでください!し、しょうがないじゃないですか、本当に強敵だって思ったんですから!」 「ま、世界中の奴等にとって強敵でも俺にかかりゃ子猫ちゃんみたいなもんだ。秒だぜ秒」 「秒!?それは凄いな総悟!説得はお前に頼んでも良いか?」 「任せてくだせェ近藤さん。秒です秒」 「秒だな、秒!」 チャレンジャー交代、沖田出陣。 「よォエリートの見廻組副長さん。お芝居を楽しみ中悪ィがちょいと付き合えや」 「……なに」 「エッ?なんで総悟だと一発OKなの?やっぱりアレ?女は顔が良い男が好きなの??」 「俺ァテメーに言いてェことがあんだ。とても大事な事でな……心して聞け」 「……」 「テメーはどうやら松下私塾のガキ共を自分の下僕として扱っているようだが、あそこに通うガキ共は例外なく将来の真選組隊士と仲働及び俺の舎弟だ。俺の方が一年早い、調子に乗ってんじゃねェぞ」 「別に下僕じゃない。ドーナツを買いに行かせているだけ」 「いやそっちィィィィ!?」 ―――――― ―――― ―― 三本勝負の二本目は親衛隊の勝利に終わり、一対一の好勝負。番組的に美味しい展開になり、優勝の行方は最終対決によって決定されることになった。予選は"体力"、本選の三本勝負・一本目は"知力"、続く三本勝負・二本目は"魅力"、最後となる三本勝負・三本目で問われる事になる"力"とは―― 「大丈夫大丈夫、もうバッチリ説得したから。全然大丈夫だから。寧ろあの子凄く良い子だったから!」 「本当だな?本当なんだな?俺は信じるぞ。……信じてっからな近藤さん!!」 「大丈夫大丈夫、もうバッチリ説得したから。全然大丈夫だから。寧ろあの子凄く良い子だったから!」 「壊れたレコードみてェに同じ事しか言わねェんだけどォォォ!?本当の事言え、説得出来てねーんだろ!?」 「す……すまんトシ。説得にいかせた総悟が今井殿と松下私塾トークで盛り上がって時間が無くなってしまったんだ……」 「なんで見廻組の奴と盛り上がってんだ。なんで寺子屋トークで盛り上がるんだ」 「も、問題ありません副長、なんとかしますから!今まで溜めたオタク力、存分に奮ってきてください!」 ぐだぐだな通選組を尻目に三本勝負・三本目の内容がついに明かされる。最後は"コレクション力"が試され、売れ行きが味噌っかすレベルのお通チップスに付いたオマケカードによるカードバトル対決のようだ。バトルステージは明らかにボクシング会場にそっくりだったが、ボクシング対決ではないようだった。 (もうタカチンさんの真似はしなくてもいいんでしょうか) 既に最終対決に突入していて、その最終対決もキャプテンVSキャプテンという構図になっている。久しぶりの口調変更と普段はしないノリの演技に疲れた雪成はスタッフから椅子を借り、座り込む。疲労が溜まっていてもタカチンとして参加した以上、チームメンバーである事には変わらないので会場から去る事はしない。 「分からない」 「……何がです?」 見廻組副長の身分証明証と刀を使ってスタッフを 「全部よ」 「鬼の副長がこんな所にいる理由とか?」 「興味無い」 「そういえば私たちがステージにいる時、沖田くんと仲良く話していましたね。友達になれました?」 「相手から突っかかってきただけ」 「真選組局長や一番隊隊長がこれに付き合っている理由とか?」 「興味無い」 「あまり私の教え子をパシリとして使わないでくださいね。知ってましたからね私、今まで口出ししてなかっただけですからね?」 「あの子たちの方から言ってきた」 「私がここにいる理由とか?」 「それ」 「真選組の方々はきっと深い事情がありますよ。しかし私の場合は少し前に語った通りです。万事屋さんに誘われただけですから」 「あの白髪に弱味でも握られているの」 銀時との面識がある知り合いからほぼ全員似たようなことを言われていることを思いだし、雪成は苦笑を浮かべた。 「いいえ?……信女はもう分かってると思いますけどね」 「……?」 「だって貴女も、なんやかんや言いながら助けてくれるじゃないですか」 「……松下雪成」 「こんな夜中にどう……!?その血はどうしたんですか、信女」 「誘拐犯を見つけた。斬ったら、この子供が気絶した。全部返り血よ、傷は無いわ」 「……細かい所はともかく、まずは上がってください。うちの子を護ってくださった御礼もせねば」 「……」 「口ではどうこう文句を垂れていても結局は手を貸してしまう。手を貸してくれる。……ほらそっくりだ、かぶき町にいる方々と」 理由はどうでも良かった。助けたという結果が大切だった。例え上司からの命令に従っただけだろうと、例え気まぐれにすぎなかっただけだとしても、信女が護ってくれたという事実は変わらない。 「同じですよ。私も貴女も」 「……そんな筈はない。協定があるから大人しくしているだけ……あなたの言う事を聞くのは異三郎からそうするように言われたからであって、他意はない」 「それだけだったら、何故今日此処に来たんですか」 "あなたと一緒にいるのは異三郎の指示を受けているから。それ以外は必要ない"――少し前の言葉が真実だとすれば、あなた、つまり雪成以外と一緒にいる必要がないのであれば。兄である雪成を護るのは当然だとしても、雪成の教え子までも護る理由はない筈。 雪成は口を閉じると、何も言わずに携帯を開いた。あの男とメルアドを交換してからは鳴り止まない着信音がウザくて常時マナーモードにしている為、今はもう音は鳴らないが。メールをクリックし内容を確認する。 "ノブたすが松平公と約束してたゴルフすっぽかして松平公激おこなうΣ(´Д`lll) 【画像添付:血管が浮き出ている松平の横顔】" "近藤さんもこないから松平公から嫌味チクチク言われちゃってるお。折角の松平公の気遣いを無得にした近藤さんが悪いのにネ(´ヘ`;) 【画像添付:こちらに向かって銃を突き付けている松平の真正面の姿】" (……軽く自業自得だと思いますが) 何通も届いているメールの量と受信した時間の間隔が半端ではなかった。引っ切り無しにメールを打つ佐々木、ゴルフをすっぽかした近藤と信女、成程怒らない方が可笑しい。警察上層部によるゴルフ事情は置いておいて、ともかく今日の信女は決してオフではなかったのだ。上司におべっかを使い「ナイスショット」と持ち上げなければならない。しかし信女はこのメールの通り、そこにはおらずこの場所にいる。 「正当な約束を交わして予定を立てたゴルフではなく、変な格好で変な事に参加している私の方に来た理由を教えて頂けませんか」 信女からの返事は無かった。だがそれは先程の対近藤の時とは違い、無視しているのではなく答える言葉が見つからずに口を開ける事が出来ないだけなように見えた雪成は、思うところがありこれ以上の追及を控えるのだった。 そのまま二人は目線を合わす事無く、言葉を交わす事もなく、じっと土方と新八の戦いを観戦する。 そんな二人の様子を、銀時はお通チップスを食べながら見つめていた。 * * * むさ苦しい男同士の殴り合い。技術も何もない殴り合い。殺し合いではなく勝負。斬り合いではなく試合。 そんな事をして何の実になるというのだろうか。 現場の時とは程遠い格好と言動をしていた 土方十四郎に手を貸していた外野も外野である。特に近藤勲は、松平片栗虎との約束を破ってまで何をしているのだろうか。 ところで沖田総悟の方が一年早いというのはいったいどういうことなのだろうか。松下雪成に問い質さなければ。 同類の臭いがする沖田総悟以外に興味など無かった真選組からほんの僅かばかり見えた吉田松陽の気配に、今井信女は兄から送信されたメールを一瞥すると白紙を用意し筆を動かし始めた。 * * * "あの日トッシーを目撃したのは見廻組副長ではなくただの今井信女だ、と送って安心させておけと松下雪成から言われた。 ただの今井信女より"と書かれた手紙が真選組に届き、鬼の副長は松下私塾塾頭とよりにもよって見廻組副長に借りを作った事に頭を抱えた。その直ぐ後に"寺門通公式ファンクラブ会員証No.0000001・トッシー"を新八から渡されたと山崎から報告が来るまでは。 ←(6/6) 戻る |