こそこそと雪成の部屋の襖を開け、灯りをつけながらテストの採点をしている雪成が寝る為の布団に潜り込み自分の枕を置く。その動きはとても速いもので、ピューッとあっというまに侵入されてしまった。雪成は呆れ顔で振り向き、筆の先っちょで銀時を指す。

「おい、いきなりなんですか」
「べべべ別に今日の怖い話大会でお前が怖い思いをしてんじゃねーかって心配になってきてやっただけだしししし」

青白い顔でダンゴ虫状態になりながら布団に潜り込んでいる銀時が何を言った所で信頼性は露ほども無い。

「しょうがねーから一緒に寝てやる!」
「いえ、お気遣いなく」
「しょうがねーから一緒に寝てやる!」
「いえ、ですからいりません」
「しょうがねーから一緒に寝てやるっつってんだ有り難く受けとれ!!」
(面倒臭ぇ……)

強がりな言葉の応酬に面倒臭さを感じ、取り繕いもせず表情として駄々漏れになっているが銀時は全く気付かない。気付けない。凄まじく一生懸命だった。部屋に帰れと言っても嫌だ嫌だとゴネて動く素振りすら見せない。無理やり叩きだそうかという案も出てきたが、良い事を思いつき雪成は布団を剥ぎ取り銀時と顔を合わせた。

「松陽に添い寝をしてあげなさい」
「……」
「はい、じゃ行ってらっしゃい」
「待て待て待て!足掴むな!!」
「往生際が悪いですよ」
「松陽の部屋遠いじゃん!!暗ェじゃん!!やだよ!!」

だからこっちに来たのかと納得すると共にまた別に面倒臭さが襲いかかり重い溜息を吐く。ギチギチと嫌な音が鳴るほど力強く握っていた銀時の足を放し、採点の為に使っていた道具を片付け始める。

「分かりました、じゃあ今日は一緒に寝ましょう」
「!おう、しょうがねえなあ!」

眠気が襲い何時もより鈍くなった頭でぶん殴ってやろうかと考えるが、幽霊を怖がる銀時の思いを尊重しぐっと堪え、雪成は銀時の隣で横になった。

「おやすみなさい」
「おやすみ」
「……」
「……」
「…………」
「…………」
「ぐう……」
「早ェよ!オイ起きろ!ゆ、雪成!雪成ィ!俺まだ寝れてねェ!!」

あっさりと眠りの世界に入って行った雪成とは対照的に怯えまくっている銀時がそう簡単に眠れる筈が無く、がばりと起き上がって雪成の肩を揺さぶる。眉間に皺を寄せ、唸りながら薄らと目を開ける姿を見て安堵したのもつかの間、デコピンを食らわされる。

「あだっ!」
「良い子だから寝なさい」
「寝れねェよ……」
「私は眠いです」
「俺は眠くない」
「授業中に昼寝ばかりするからですよ」
「つまらねェから」
「全く」

不意に雪成はもぞもぞと銀時の腰に手を回し、ずいと引き寄せた。

「これでどうです」
「な、何が」
「人肌があれば安心するでしょう」

雪成と密着し、布団の暖かさと人の体温に包まれてどう返事をしたらいいか迷う銀時を放って雪成は眠たげな声で唄い始める。

「ねんねんころりよ、おころりよ」
「は……?」
「ぼうやはよい子だ、ねんねしな」
「……」
「ぼうやのお守りは、どこへ行った」

なにがなんだか分からなかった銀時だが、本人にとって不思議な事に歌を聞いているだけで段々と瞼が重くなってきた。まるで授業中の松陽がする難しい話を聞いているかのようだ。

(変だな……こんなので、なんで)

夢うつつな声が零れる。

「ん……」
「あの山こえて、里へ行った」
「……」
「里のみやげに、何もろうた」

銀時にとって、母が子の為に唄う子守唄は身近な物ではない。銀時にとっての子守唄は授業中に聞こえる松陽の優しげな声と説教中で怒る雪成の刺々しい声である。今の生活に完全に馴染みきった銀時にとって、それが慣れ親しんだ日常の音だった。

「でんでん太鼓に、笙の笛」
「……ぐー」

唄い終えた丁度いいタイミングで眠った銀時に小さく微笑み、雪成は眠たげに目元を擦って今度こそ自分の眠りについた。

「おやすみ、銀時」


――――――
――――
――


「……おや」

銀時はともかく雪成の姿を見かけなかった為、様子を見る為に部屋を覗きに来た松陽は目を丸くさせる。

「仲がいいですね、二人とも」

一つの布団の中で白髪の子供とそれより数歳ほど年が離れた黒髪の子供が仲良く眠り込んでいた。雪成は銀時の頭を胸に抱き、銀時は雪成の胸に頭を預け、それぞれが安眠している。まるで兄弟のようにそっくりな寝顔を曝け出していた。

「……駄目ですね私」

それは見ていて微笑ましい光景。もうちょっとだけ眠らせておいてあげようと親心が出るような姿。だが、心の中に現れた別の感情に松陽は珍しく苦虫を噛んだような顔になる。

(――羨ましいなどと思ってしまうなんて)

仲を深めていく雪成と銀時を目にした瞬間、良かったという想いの他に幼い子供が如く疎外感が芽生えた事を自覚し、こめかみを押さえる。今まで何百年生きてきた爺の癖にと自身を叱る。

「……今度は私も一緒が良いですね」

意識を切り替え、今度こそ微笑ましさだけの気持ちで二人の寝顔を眺めた。この二人がこうやっている姿を見ると胸がきゅうっと締め付けられる。もっと見ていたいと思う。ずっと共にいたいと思う。

"除け者にされて寂しく思う"という、一般的な普通の感情が育まれている事実に気付くことなく、それを大人げない物と断じた松陽は少しの間二人を見守るのだった。


 * * *


「銀時、また怖い話大会やろうぜェ?」
「銀時、とびっきりのネタを仕入れてきたぞ。今度はお泊り会を開いて夜通し語り合おうではないか」

「止めろ!別に怖かねェけどな?!怖い訳がないけど面倒だから参加しねェぞ!」

「「逃げるな!!」」
「追いかけてくんじゃねェェェェ!!」

「……松陽、今日だけ部屋交換しませんか」
「いえ、今度は私たちも参加しましょう」
「えっ、何故に」
「面白そうだからです」
「はぁ……?そうですか?」
「はい。一緒にやりましょう」

その日の内に以前の怖い話大会の夜に銀時が雪成の部屋に逃げ込んだ事がバレ、高杉と桂に揶揄しまくられることになる。


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