教え子たちから町はずれにある工場で万事屋さんらしき顔を見かけたという情報が入ってきた。

「ねえ先生、銀さんちゃんはもう万事屋やらないの?」
「天パこなくて物足りないよー」
「そうですねぇ」

記憶が戻っても戻らなくても、マダオだろうがマダオじゃなかろうが、元気にやっているだけで良いんですが。

「少し待っていてください」

教え子に寂しい思いをさせる万事屋さんに戻ってきて貰うため、工場の住所を書いた紙を持ってスナックお登勢に向かう。がらりと扉を開け、中に入るとお登勢さんが煙草を吹かしている姿があった。

「まだ開店してないよ、出てきな。……ああ、アンタかい」
「どうも」
「顔見知りが事故にあったって教えた割に一回も来なかった奴が何の用さ」
「生きてるなら何も問題ありませんから」

傷の一つや二つ負ったところで大騒ぎするような間柄じゃないことくらい分かってるでしょうに意地悪ですね。こんな意地悪な年寄りにならないよう気をつけましょう。

「二階、建て直さないんですか?」
「あの馬鹿がいない以上直したりなんかしないよ。とっとと取り壊す」
「あれから一週間以上経つのにまだ良い業者さん見つからないんですね」
「ふん。ポリポリ酢昆布貪り食う馬鹿が邪魔で五月蠅いだけだよ」

素直じゃないなぁ。年取ると意地悪になるだけじゃなくて素直さも欠如されてしまうのかと苦笑しながら四つ折りにした紙を差し出した。

「ゴキブリホイホイです、どうぞ」
「なんであたしに渡すかね、必要ないわボケ。うちは清潔だよ」
「二階の方には必要でしょう。新種の白いゴキブリなんて性質が悪いですし、帰るべき場所にさっさと帰って貰わないと」

住み込みで真面目に働いているらしいですよ、と付け足しながらカウンター席に座る。

「あたしに橋渡しさせる気かい。自分でやったらどうだい」
「私から渡されるより貴女から渡される方が信憑性高くて受け取りやすいでしょうし、当然の判断です」
「面倒な男だね」
「いやあ、はははは」

カウンターに紙を置き、首の後ろに右手を回して笑った。

「折角ですし、一杯頼めますか?」
「寺子屋の先生が昼間っから酒かい。態々開店前に働かせるんだ、迷惑料として精々高ェ奴消費しな」
「勿論です。ありがとうございます、お登勢さん」

面倒な人間ですね。私も貴女も。


 * * *


あれから数日。
ドガァン!と派手な爆発音が余所から響いてくる。既に本日分の授業は終了しているとはいえ、此処に残って遊んだり勉強をする子供たちもいるのですからあまり不安にさせてしまうような事は起こってほしくないんですがね。

「せ、せんせー……」
「大丈夫だって!こんなの日常茶飯事だし!」
「そうそう。すぐ止むよどーせ」
「そ、そうなの……?」

最近かぶき町に越してきた新人の子を励ます先輩たちの姿を見て子供の成長スピードを甘く見ていたと思い直した。

「警察の方も今頃通報を受けて出動してるでしょうね。こんな事態を解決しようと働いてくれている方々がいるんですよ、皆さん」

この爆発音は日常上で起こった偶発的な物ではない、何かを壊す為の爆発音だった。音が聞こえる方向には万事屋さんが働いている工場がある。あそこの工場長はキナ臭い噂がある。そして何よりも、万事屋さんはトラブルメーカーだ。悪運は強い彼の事だ、今回を機に記憶を戻すかもしれないなと茶を啜る。

「あ、真選組のこと?」
「先生!見に行きたい!」
「ドS星人がやられるかもしれないし見たーい!」
「野次馬したいです!」
「ちょっとちょっと、皆さん」

ガヤガヤと騒ぎ出した教え子たちを宥めようとするが、先程の爆発音でテンションが上がっているようで中々聞き分けてくれない。

「ただの好奇心が原因で我が身を殺すことになるかもしれないんですよ。危険なものと危険じゃないものをまだ見分けられない君たちが興味を満たすためだけに現場に行くのは自殺行為です」

私の言う事、聞いてくださいますよね?と笑いながら握り拳を作れば教え子たちの顔色はサーッと一気に悪い物に変わる。

「ギャー!ごめんなさいごめんなさい!」
「ゲンコツは勘弁!」
「よろしい。では皆さん、この音が30分以上止むか親御さんが迎えにくるまで外には出ないように」
「……あれ、先生?なんで出かける準備してるの?」
「ちょっと野暮用です」
「えっ!?せ、せんせー……こんな時にどうして」
「すみません、今じゃないと駄目なんです。大丈夫、君たちは嗅覚はまだまだでも実力はありますから少し私が席を外してても問題はありません。ちょっとだけ待っててください、私の教え子たち」

なに、直ぐに戻りますよ。きっとね。

町外れの工場に向かうまでの間にも爆発が聞こえる。バンバンと気軽に爆発を起こしてくれやがりますね。結構呑気に向かっていたが、途中でレベルが違う爆発……砲撃?音が聞こえ、歩みを早める。

「オメーに言われなくてもなァこちとら、とっくに好きに生きてんだヨ」
「好きでここに来てんだよ」

「「好きでアンタと一緒にいんだよ」」

工場現場から顔を見せる巨大な砲台を前に倒れ伏している万事屋さん。万事屋さんを庇うように眼前に立つ万事屋メンバー。その後ろ姿を見上げている万事屋さんの隣に移動し、縛っている縄を小型ナイフで切る。

「あ、貴方は……!?」
「お久しぶりです、万事屋さん。おっと今は工場アルバイターでしたっけ」
「あれっ松下さん!?どうして此処に?!」
「単なる野次馬ですよ」

縛り付けていた板と縄から解放されたというのに地面に倒れたままの万事屋さんを見下ろし、笑う。

「ずっとこのままでいるつもりですか?」
「僕は、僕、は……なんで」
「まるで駄目なオッサンな万事屋さんでも立派な大人になろうとする謙虚な万事屋さんでも、どんな性格をしてようが貴方を見捨てないということです。ね、志村くん神楽ちゃん」
「先生の言う通りネ!そんなことも分かんねーアルか銀ちゃん、寺子屋からやり直してくるヨロシ!」
「全くです。僕らちゃんとストレートに言葉ぶつけてるんですからちゃんと受け止めてくださいよ!」

無言のままの万事屋さんに口撃を続ける万事屋メンバーを尻目に、こちらに向かってきていた真選組の皆さんに話しかける。

「お勤めご苦労様です」
「一般人が現場に立ち入られちゃ困るんですがねェ。余計な手間が増えちまう」
「ありがとうございます、副長さん」

副長さんが私の手元を横目で見ている事に気付く。このナイフ気になります?

「ただの果物ナイフですよ。いつでもどこでも果物の皮を捌けるように持ち歩く市民の義務です」
「ほーう、んな義務があるとは知らなかったぜ」
「本当ですよ?」

真選組の存在に気付いた二人は眉を吊り上げる。

「ガキはすっこんでな、死にてーのか」
「あんだと、てめーもガキだろ」
「なんなんスか一体」
「不本意だが仕事の都合上、一般市民は護らなきゃいかんのでね」

軽口を叩きあう万事屋メンバーと真選組を見つめていた万事屋さんの目にどんどん力が戻ってくる。……いや違う。目が死んでいってる。魚に逆戻りしてる。目と眉が離れててってる。ああ、ちょっと勿体ない気もしてきました。

「……おい、雪成」
「はい、なんでしょう」
「アレは忘れろ」
「何のことでしょうかね、サッパリです」
「いいな絶対ェ忘れろよ!あんなのただの戯言に決まってんだろもしかして真に受けちゃった?バーカバーカ!」
「はいはい、分かってますって。――銀時」
「――分かってらァ」

砲撃を再開しようとする工場長に走っていく皆さんを素早く追いかけ、あっという間に遠ざかっていく銀時の姿を動かずに見守る。

「すんませーん、今日で仕事やめさせてもらいまーす」

二週間分しかいなかったので、折角真面目に働いていたらしいというのに給料が貰えなくて残念ですねぇ万事屋さん。

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