「その目……お前が」
「あっ」

打ち水をしている最中に話しかけられ、振り向いたら柄杓を持つ手が狂って話しかけてきた相手にぶちまけてしまった。少量だったけど丁度顔面に当ててしまったので申し訳ない。

「ごめんなさい、目に入ってませんか?ちょっと待っててくださいね」
「……」

小走りで手拭いを取りに戻り、少年に渡す。少年は無言のまま濡れた顔を拭いた。綺麗に拭き終えると突き返してきたので受け取る。

「では改めまして、テイク2どうぞ」
「……」

少年は口を開かなかった。ジト目で私を見つめている。あれ?

「どうしました?」
「はあ……その目……お前が赤目の子供のもう片方か」
「多分人違いです」
「おい」

人違いではないでしょうがどんな噂が流れてるものか分からないので誤魔化す。人の噂って怖いですからね、詳細も知らず肯定するものではないです。

「もういい!お前も松下村塾の奴だろ、吉田松陽は何処にいる」

あ、スルーした。この少年ツッコミの才能ないな。

「はい?」
「吉田松陽は何処だ」
「何故に松陽を?」
「吉田松陽を出せ」
「何が目的です。それを教えてください」
「アイツと試合う」

パチパチと何回か瞬き、私たちと比べて身形が良い格好である事を確認すると首を傾げる。

「殺されますよ」
「俺が勝つから問題ねェ」
「自信家ですね」

武士の子を叩き潰して泣き喚かれたら折角上手くいってるこの寺子屋を捨てなきゃいけなくなりますし、帰ってもらいたいところ。

「えーっと、松陽は今腰痛が酷く歩くこともままならない状態なのでまた後日お伺いに来てください」

「あ、雪成てめェこんなとこにいたのか。松陽の奴が私だけじゃ漬物石運ぶ手が足りないって言ってたぞ」

「おい」

やべ、バレた。

「なにが腰痛が酷くて歩くこともままならないだ」
「恨みますよ銀時」
「何の話だよ」
「この子、松陽と戦いたいそうなんです」
「ハァ?アイツとぉ?」

ハンッと鼻で笑い馬鹿にしきった顔で中指を立てた銀時に、少年は額に青筋を浮かべる。誰が相手でも通常運転ですよね、貴方。

「無理無理、アイツは化物だぜ。サボり方も知らねェゆとり風情が勝てるわきゃねェ。挑むだけムダ、お家に帰ってママのおっぱいでもしゃぶってな」
「何故そんなに喧嘩腰でいられるのです?」
「テメーに用はねェんだよ、吉田松陽を出せっつってんだ!」

二人の様子から顔見知りだということが分かった。しかし、武士の子にしては珍しい性格をしている。

「ふむ……」
「なにがふむ……だよ、考える余地ねーだろ。とっとと追い出そうぜ」
「妙案が浮かびました。銀時に勝てたら松陽に会わせてあげましょう」
「「ハァァ!?」」

同じタイミングと似た表情でグルッと顔をこちらに向ける二人にニッコリと笑い、人差し指を立てた。

「この村塾で一番強い門下生は銀時です。銀時に勝てなければ松陽の足元にも及ばないでしょう、まずは銀時と戦ってください」
「戦ってくださいじゃねェェェ!なんで俺巻き込んでんだ!」
「俺が試合しにきたのはこの白髪じゃねェ、吉田松陽だ」
「おや、勝つ自信が無いのですか?」
「「そんなこと言ってねェよ!」」
「負けるかもしれないとビビッて勝負を避けてます?」
「「んなわけねェだろ!」」
「此奴相手なら俺が勝つと?」
「「当たり前だ!」」
「じゃあ二人とも、道場で準備をしましょうか!」
「「上等ォ!!」」

フッ……私も大分ガキの取り扱い方に慣れてきましたよ。

武士の子よりも私との付き合いが長い銀時は防具を身に着ける間に冷静になったようで白い目線を送ってくる。

「お前、うまく乗せやがったな……」
「ふふふ」
「松陽みてェな話し方になってから性格変わってんだよ、何があった」
「何があったって」

そんなの言わなくとも分かるでしょうに。目を丸くして銀時と見つめ合う。銀時は怪訝そうな顔のままだった。あれ、本当に分かってない?マジで?私、すごく分かりやすくないですか?

「貴方たちが」
「おい、こっちの準備は終わったぞ。まだなのか」
「あ、すみません。こちらも大丈夫でーす」
「お前が返答すんな!」

ちょっと、背中蹴らないでください。痛いです銀時。

「では審判は私が務めさせていただきます。三本勝負で二本先取した方が勝ちでいいですよね?」

見慣れぬ武士の子がいるだけでも注目があるというのに更に銀時と試合をするのだと理解し始めた他の門下生はざわざわと話し合いながら端っこの方で見守っている。何故か人気の少ない壁の向こう側に見知らぬ第三者の気配がしますが、害意は感じないで放っておきましょうか。

「おー」
「それでいい」

両者は向かい合って礼をし、三歩前に進んで蹲踞をとってから剣先を交えた。こんな時になんですが、銀時がきちんと試合の礼法に従うようにするまで苦労したのでちょっと涙が。立派になりましたね、銀時……

おっと、合図を出すのを忘れてしまうところだった。

「始め!」

瞬間、銀時と少年がぶつかった。


――――――
――――
――


「えっ、道場破りがきていたんですか?」
「最後に一発重いの食らって気絶したので、客間で休ませています」
「私が一人で漬物石を運んでいる間にそのようなことをしていたのですね」

ゲッ!?

「私が目的だったのに私を放って話を進めるなんて酷いじゃないですか、えいっ」
「ごばぶ」

初の拳骨をお見舞いされ目の前が真っ白になった。


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