「――ラァッ!」

不意打ちで背後から襲いかかる一撃を避け、首根っこを掴む。

「稽古の時間でもねぇのに随分と熱心だなぁおい、銀時?」
「おい、敬語」
「稽古の時間でもないのに随分と熱心ですねおい、銀時?」

ぷらぷらと宙で揺れる銀時を睨み付けて舌打ちをうつ。

「なんとなくだ、気にすんな」
「なんとなくで襲いかかられる私の身にもなってください、常時急襲を警戒する生活には飽き飽きです」
「お前も俺も野生のバトルロワイヤルに耐性が出来る、良い事尽くめだな」

手を離してゴツン!と拳骨を下す。手首だけでなく腕を振り上げて腰を捻り、誠心誠意力を込めて全力で殴っても踝までしか地面にのめり込まない。……松陽の奴はどれだけ力があるんだろうか。

「痛って!おい、松陽の真似止めろよ!」
「私もこの技を覚えたら銀時の悪癖が治せるかと思いましたので」
「……似合わねェ」

そうだろうか?

「お前なんかが松陽のアレが出来るようになっかよ」
「いやいや、どれほどの年月を要しても必ず会得しますので、どうぞお楽しみに」
「出来ないね。絶対に出来ないね!」
「出来ると分かっていたら誰でも全力で努力します。出来ないかもしれなくても全力で努力し続けられる人に私はなる」

一回食らったけどあれは本当痛かった……拳一つがあんな凶器になることを実感しましたよ。にしても、松陽もハブられた程度で拳骨って酷くないですか。子供か。他の門下生を相手にするより銀時を相手にしている時の方が、銀時を相手にしている時より私を相手にしている時が最も容赦がない気がします。

「良い事言ってる風装ってるけど努力すんの拳骨だよな!?」
「貴方が良い子になればこの努力もせずに済むのですが」
「昼寝いってきまーす」

逃げようとする銀時の肩を掴み、逃走されないように背後からがっちりとホールドする。

「まてや」
「離せェェェ!」
「逃がしませんよ」

刀無しでならこっちのもんだとじたばた暴れる銀時を抑え込みながらこちょこちょと脇をくすぐった。

「ひーっ、ひーっ」
「銀時」
「ひい……な、なんだよ」
「強くなりたいのならちゃんと言ってくれれば手伝うぜ。まどろっこしいんだよ、オメーはよ」
「……別にそんなんじゃねーし!!」
「毎日手合せしてるお前が一番あのガキの強さ、感じ取ってんだろ」
「……」

押し黙る銀時から身体を離し、頭に手をのせる。

「ライバル出現。良い事じゃねーか、一丁前に負けたくねえのなら俺はお前の稽古に付き合ってやる」
「だからそんなんじゃねーって!」

数秒の間、銀時の目を見つめた。此奴とはそれなりの付き合いだ、思考回路はある程度把握できている。口悪い上に下ネタ吐きマシーンで文句ばっかいう生意気なガキの癖に、変な所で一歩踏み出せない意気地なし。

「そうか。なら、お前が俺の稽古に付き合ってもらうぞ」
「は?」
「丁度俺も一皮剥けたくなったところでな」

始めて俺らが昼寝をした時は松陽が手を差し伸べていた。俺は見てるだけ。流されているだけ。静観していた。

「防具用意して道場で待ってろ。これから毎日稽古だ。いいな、今すぐ行け」

今度は俺が此奴を助ける番だ。

「俺が道場に着いた時点で用意終わってなかったら松陽のオシオキな」
「……バッカじゃねーの!ンなの嫌に決まってんだろ、バーカ!」

ダッシュで道場に向かう銀時の背中を見送った。

何処か弾んだ声だったように聞こえたのは俺の思い込みだろうか。現実だったら良い、そう思いながら非常食を倉庫の箱に詰め込んで用事を済ます。これからは毎日打撲痕が増えていくことになるだろうが、後悔はなかった。


 * * *


己が仕出かした所業が近隣住民にバレてしまい、元々住んでいた屋敷を追われてしまった。折角毎日作っていた干物も全てパーだ。家も故郷も干物も無くした。
それでも手から零れ落ちなかったものがあった。
家族も何もかもを殺し尽くした俺を受け入れてくれた人がいた。

「お前、強くなるの早くね……?化物か?」
「目標があるからな」
「?」

拠点を失った俺等三人は様々な土地に移り、新天地を探した。良さ気な環境や屋敷は中々見つからず、新たな松下村塾が出来たのは暫く経ってから。

「なんだよ、目標って?俺だって松陽に勝つって思ってるぞ」
「……何だと思う?」
「俺が聞いてんだよ!合コンで幾つに見える?って聞いてくる女子みてェなこと言うな、心底ウザいから!」
「答えは越後製菓だ」
「百%違ェだろ?!」

未知の知識を無邪気に語る幼子を不気味に思うのは当然だ。遠ざけるのは当然だ。そして、恐怖が限界を超え排除しようとするのも当然だ。全て全て、当然だ。だから、俺を殺そうとするてきに迎え撃つのも当然だ。でも周囲の奴らはそうは思わなかった。

元々、豪農・松下家の目の上の瘤、頭の可笑しい私生児であるという噂は流れていて評判は悪かった。ソイツが殺人を犯せば恐ろしく思うのは当然だ。たかが四つの齢で大の大人を殺めた俺を排除しようと村全体が一致団結したのも当然。だから、俺を殺そうとするてきに迎え撃つのも当然だ。

二日二晩眠らずに刀を振り回し、ふと気が付き周囲を見渡せば、もう俺を悪く思う奴はいなくなっていた。

「で、結局なに?目標?松陽のデコに肉って書けるようになりてーとか?」

己の罪は全て土に埋めた。何日も何日もかけて大穴を開けて死体を捨て、村全体に沁みついた血の匂いが薄れた後に何も知らない余所者が流れてきた。俺は素知らぬ顔で迎い入れた。ある程度の賑やかさが戻って来た頃、俺の屋敷で寝泊りしたいと彼奴が目の前に現れた。

「ふふ。ちょっと恥ずかしいので、言いません」

誰が敵になろうと敵は敵として殺す俺でも護りたいものがある。護りたいものができた。
仕出かした罪は忘れない。だが、それはそれこれはこれ。過去の自分とはさようなら。

「……まあいいけど。それより敬語止めろよ。雪成オメーこっちきてから変だぞ、別に今まで通りでいいじゃん。俺のなら折り紙つきだぜ、もう直せねェ」
「貴方にはいいんですが、他の生徒の口まで悪くなるのが問題なんですよ」

「止めて……痛い、痛いよ」
「石、投げたら、血、出るよ?治るの、時間かかるんだよ?黴菌が、入ったら」
「なんで怒るの?なんでぶつの?俺、いけないことした?」

怖い。痛い。辛い。
怒鳴らないで。ぶたないで。捨てないで。

「教えもしていないというのに天人の技術を知っているだと?」
「忌子だ」
「我々地球人の敵だ」

銃?宇宙船?うん、知ってるよ。あ、あのね!おじさん聞いて!宇宙だと息ができないんだよ、空気が無いから!知ってた?……なんで怖い顔するの?

「やめて」
「やめてよぉ」
「やめ、……やめ、ろ」
「痛いって、いってるんだ。嫌がってるんだ、俺は」
「――ふざけんなよ、テメェ等」


あの言葉遣いは己の醜さの象徴なのだから。

でも、銀時は口の悪い私も慕ってくれている。始めて会った時からああでしたから、キャラ変でもしたようで……別人になって遠ざかったように感じてしまって寂しいんですよね?
貴方が私の醜さを好いてくれるなら、私は私の醜さを愛おしく思えます。
もしこれから先、心底しんどくなって過去を懐かしみたくなったら、ちょっとくらいならあの私に戻って差し上げてもいいですよ。


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