「おい銀時」
「……?」

まだ銀時が生意気な言葉を喋らず、というか喋る事が出来ず、舌足らずで口数が少なかった頃。少しでも文字に慣らせようと雪成は絵本を買ってきた。実の所、最初は小説にしようと思っていたのだが雪成の行動に気付いた松陽が「最初から文字ばかりでは嫌気がさしてしまう、臨場感もある絵がついて状況も分かりやすい漫画の方が良い」とアドバイスをしてきたので、絵本となった。

「手荒に扱うなよ、他の奴も読むんだからな」
「ん」
「あ、おい手汚れてんじゃねえか」

つい先程土で汚れた物に触れていた銀時の手に泥がついている事に気付いた雪成は銀時の頭を叩き、井戸から水を汲んで手洗いをさせる。そのままだと新品の絵本が汚れてしまう。

「細菌塗れで良い事なんてないぞ」
「さいきんってなんだ」
「バクテリア」
「ばく……て」
「目に見えないくらい小さい物質だよ。何処にでもある。良い細菌もあれば悪い細菌もあるが、こうしてたら悪い細菌が増殖すんだ」
「ぞうしょく」
「増えるんだよ。悪い細菌はな、厄介な風邪引かせたり身体を弱くしたりする。良い細菌は身体を守ってくれるが……まあ使い道次第だよな」
「……?」
「ま、とにかく、汚れたら直ぐ洗う。これが常識だ」
「あらう」
「今みたいにじゃぶじゃぶ洗え」
「……ん」

意味を理解したかどうかはともかく、言われた事に頷いた銀時はバッシャーン!と大きな音を立てて汲み上げた水を頭から被った。

「何してんだよ!風邪引くぞ!」
「……さいきんあらった」
「身体が冷えても風邪は引くんだよ、覚えとけ!」

ガミガミと怒りながら雪成は渇いた手拭いを持ってくると全身ずぶ濡れの銀時から水分をとる。

「かぜって、ぶるぶるするやつか」
「ぶるぶる?……ああ、ぶるぶるだな。身体が熱くなったり、熱かったかと思いきや寒気がしたりする」
「あつい……さむい……」
「引いたら面倒だから気を付けろよ」
「わかった」

されるがままわしゃわしゃと手拭いで髪を乾かせられている銀時を、後ろからじっと見つめる。この会話の最中もずっと銀時は松陽から受け取った剣を握ったままだった。信用していない、というより警戒を解いていない証拠だろう。警戒し続けているというのに雪成にされるがままなのは、剣の稽古の際に雪成と銀時が戦い、その時に銀時が勝利したからだ。実力が下なのだから襲われても対処出来るという自信の上である。

雪成の屋敷に銀時がやってきてから一週間、距離はまだまだ遠く関係はぎこちなかった。

(不意打ちだったら多分殺れるんだが……)

無防備にみえるようでそんなに無防備ではない銀時の後ろ姿を眺めながら一瞬、考える。だが瞬き一回の間に打ち消す。此奴を殺したいわけでもなければ殺し合う仲になりたいわけでもないし、進んで空気を壊したいという酔狂な願いを持っているわけでもなかった。

「じゃ、今度からはちゃんと水で綺麗にするように」
「ん」

後日、中々読み進められない銀時に"笠地蔵"の音読をする雪成の二人の姿を微笑ましそうに松陽が眺めていた。


 * * *


「あのまま絵本だけ買い与えていれば良かったですねえ、こんなジャンプ男に育つとは当時は夢にも思いませんでした」
「ジャンプの何が悪いっつーんだよ」
「ジャンプではなく万事屋さんが悪いんです、すっとこどっこい」

珍しくも万事屋に足を踏み入れた雪成はソファに寝転びながらジャンプを読む家主を呆れ顔で見つめる。

「へッ……ま、感謝はしてるんだぜ?あの時お前がもう新しい絵本が無いっつってジャンプを買ってこなかったら俺は一生ジャンプと言う存在に出会えなかったかもしれねえ」
「松下雪成一生の不覚ですね」
「てかいきなり何だよ、今までうんともすんとも話題に出してこなかった癖に」
「いえね、この間道端で志村くんに会ったんですが……」

「あの腐れ天パが毎週月曜日にコンビニに出かける姿を見る度腹が立つようになってきました。コンビニ行くんじゃなくて仕事探してこいよ白髪天パ」

「って零されちゃいましてね?一人と一つを出会わせてしまった私に責任の一端があると思いましたので、来ちゃった」
「来ちゃったじゃねーぞコノヤロー、新八あの野郎……雪成に何言ってくれやがる」
「私見ですが、マダオを直せばジャンプを買いにいく姿を見られても無問題になるかと」
「なに?なんなの?マダオってフレーズ流行ってんの?神楽の造語だぞ?なに普通に使ってる訳?」
「へへ、此処に来る直前に会った時にご教授していただきました。やーいマダオ!」
「止めろォ!それはあのマダオ専用だ、俺じゃねェ!」
「まるで駄目なおっさん略してマダオですよね、全世界に存在するマダオ全員に使用できますよ。そして万事屋さんは立派なマダオです、ですのでマダオと呼びます」

にこにこと笑いながら銀時を指差し精神ダメージを食わらせる。

「銀さんマダオじゃないもんね!おっさんじゃないもの!永遠の少年だもの、その証拠にジャンプ愛読してるもの!」
「マダオ卒業するかジャンプ卒業するかどっちか選びなさい」
「やーだねェェェエエエ!パチンコも居酒屋もジャンプも止める気はねェ!」

銀時はそう言いながら良い年こいてじたばたと喚く。雪成は溜息を吐きながらもまた笑い、「貴方らしい」と呟いたのだった。


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