成り代わり | ナノ


※「没と放置とゴミ」に置いてある設定(これ)から。



父の仕事の関係で、母国アメリカから遠く離れた地の新しい家に移り住んだ。嗅ぎ慣れない土地の臭いと服や髪を濡らすウザったい天候である筈なのに、不思議と僕はこの国独自の習慣を自然に受け入れていた。
寧ろ、珍妙なことにアメリカに居た時よりもずっと元気でいられた。僕は拾われっこのイギリス人だったのかもと不安になったが、兄が頭を撫でてくれたのでそんな事はどうでもいいと考えた事を忘れた。

仲のいい友達と別れた事は悲しかったが、新しい場所には新しい出会いがある。
ダニーもその一つだった。散歩に出かけた時に道端の隅に珍しい白の体毛を持った鼠が死にかけているのを発見し、偽善の施しと分かってはいても放ってはおけなかった。家に持ち帰ってまず最初に兄へ鼠の存在を知らせ、父に気付かれぬようこっそりと懸命に救護した。

幸いにも多少の失血と栄養不足のみだったようで、直ぐに鼠は元気になった。その時僕はもう鼠に対し情が沸き、名前までつけて可愛がっていた。ダニーも僕と兄に懐いてチュウチュウ鳴きこれがまた可愛かったのだ。野生に戻すのが嫌になっていた僕を見かねて、兄は父にペットを飼う許可を貰ってくれた。
兄には感謝をしてもしきれない、僕が困っていると何時も助け舟を出してくれる。父が兄を溺愛するのも分かるというものだ。

ただ父は鼠を隙あらばなんでも齧る汚らしい動物だと見下しているようで、頑丈な籠から出さないようにするというのが絶対条件だった。ダニーは頭が良いからそんな事はしないと言ったが聞き入れてくれなかったので、仕方が無く狭い籠の中にダニーを閉じ込めた。飼えるだけでもありがたいと思わねばならない。

父とて千里眼を持っている訳ではない。こっそりと、父が仕事をしている時だけ。ダニーを籠から解放している。今の所バレていないので問題ない。
屋敷の中では僕と兄の部屋でだけ。散歩で外に連れ出す場合は使用人にチップを渡して口止めをしてから人目に触れない所で解き放ち、一緒に遊んだ。

人間の友達も出来たが、正直に言うと一番の親友はダニーだった。ダニーと一緒にいるととても暖かい気持ちになる。
最初はアメリカから引っ越すと聞いて不安だったが、イギリスの気候は思ったより悪くないしテーブルマナーも面倒臭いことに違いはないが兄が教えてくれるから別に良い。ダニーにも会えたし。

今日はなんとなく一人で出歩きたい気分だったのでダニーも連れずに気の赴くまま何も考えずに知らない道を進んでいると、左の薄暗い道の奥から声が聞こえた。


「ガ、ァァ――ッ」


苦しげで息が詰まっているのに、出来るだけ声を潜めて最小限に留まらせる。弱味を曝け出したりなんかしない。そんな矜持を持っている事を感じさせる悲鳴だった。
ダニーと出会った時のような、あの感覚が身を貫く。
あの声は放ってはおけないと衝動に突き動かされ、僕は茨を取り出しながら路地裏に向かって走り出した。


「フッはは、生意気な顔しやがってッ!ディエゴォ、お前よォーッ!今まで散々コケにしてくれた御礼にたっぷりと可愛がって――」

「オラァッ!!」


助走をつけ、三人がかりで声の主を抑えつけている卑怯者を後ろから勢いよく殴りつける。
茨で他の二人を逃がさないように足を固定させ、胸倉を掴んで喉元を狙い拳を振り上げた。殺人は流石にしたくない。男たちが行動不能になったことと脈があることを確認し、安心してから声の主の姿を探す。


「君は……ディエゴだね?」

「そういう、君は、」


尻もちをつき両手が地面に触れている状態のまま僕を茫然と見上げている、大して僕と年が違わない彼に手を差し伸べる。
赤い瞳と視線がかち合った。


「僕はジョニィ・ジョースター。先月アメリカから引っ越してきてね、アメリカ訛りで不愉快だろうが我慢してくれ」

「ジョジョ」

「え?そうとも呼べるけど、そもそもジョニィは略称だしそのままでいいよ。怪我はない?大丈夫?」

「俺はディエゴ・ブランドーだ。怪我なんか無い、この程度俺一人でなんとかできた。余計なお世話という奴だぜ、恩を着せようとするな」


そう言いつつも、ディエゴは僕の手をとって立ち上がった。


「礼をされたくてしたわけじゃないから。……じゃ、僕はこれで。あんま調子にのると同じ目にあうよ、気を付けな」


初対面であるというのに、僕はディエゴの性格をこの短時間で把握できていた。矜持高い、借りを作るのが嫌い、他人と馴れ合わない。面倒臭い性格をしていると、直感した。
女相手でもないのに何処か彼との邂逅を運命的に感じた自分を気味悪く思い、ディエゴに声をかけるだけかけてから茨を使い帰り道を見つけて屋敷まで戻る。

ジョジョという言葉が脳みそに張り付く。ジョニィ、ジョジョ、ジョニィ、ジョジョ。何回も口遊んだがジョジョはジョニィよりもよっぽど心に入り込んだ。兄からもジョジョと呼ばれたいと思い立ったが直ぐ行動、今日から僕はジョジョになった。兄は不思議がったが、ジョジョと呼ばれて笑う僕を見ると何も言わないでくれた。


まさか後日、ホットウォーカーのバイトとしてディエゴがジョースター家にやってくるだなんて夢にも思わなかった。



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