気まぐれ部屋 | ナノ




物事は上手く運ばない。特に、俺に対しては。
荷物を纏め逃走経路を確認していた俺の視界に入ってきた餓鬼はジョナサン・ジョースター。少し前にリンチを受けたばかりだと言うのに、性懲りもなく一人で貧民街を歩いている。あの時と違うのは着ている服装がこの街に相応しいものであることくらいか。あれならば都合のいい餌であることは違わずとも、裕福丸出しでいるよりかはマシだろう。
ダリオの手紙然り、ジョースター卿然り、眼前の障害然り、タイミング悪く出現するのは悪質な運命を感じる。どうあがいても俺はディオと同じ末路を迎えるということなのだろうか?

(――いや、俺は諦めん!バレないよう、慎重に動かねば……)

「あ、あれは!」

鋭い声にぎくりと身体が揺れる。まさか俺の存在に気付いたかと冷や汗を流すが、ジョナサンはこちらを見てはいなかった。安堵する。

「何故見知らぬ人が持っているんだ……そこの人ッ!今持っている仮面を返せ!僕の母の形見なんだぞーッ!!」

突如として激高し、通りすがりの男へ突っ込んでいくジョナサン。その代わりように思わず目で追ってしまう。対象者はジョナサンの言う通り、確かに遠目から見ても石仮面にそっくりな物を持っていた。俺も一瞬、まさかジョースター邸に盗み入ったのかと思ってしまったがそんなわけはないだろう。あんな気味の悪い仮面、娯楽に飢えた金持ちしか価値を見出さん。
そもそも石仮面は一つだけの代物ではなく大量生産品であり、今もアステカの地で山ほど眠っている。だがジョナサンはそれを知らず、家にあるそれが唯一無二のものだと思い込んでいる。だからこんな行動をとってしまったんだろう。

「なんだ行き成り、このガキャァァア!離れやがれックソ野郎!」
「いやだ!返してくれ、それはジョースター家のものなんだから!」

男とジョナサンは揉み合い、石仮面を奪い合っている。見なかった事をしてとっとと離れれば良いのに俺はどうしてもそうすることが出来なかった。石仮面と俺はどうしようもないほどの因果関係にある。胸にある不安から気になってしまったのだ。

「ジョナサン・ジョースター!言いがかりをつけるな、帰れ!」

「アデルッ!?見つけ……!!い、いやッでもこれはほんとに……!」

声をかけた事で俺の存在に気付き数瞬ばかり嬉しそうに顔を綻ばせるジョナサンだが、直ぐに石仮面に目線を戻し気まずそうにしどろもどろになる。

「これは親父の家具の引き出しから出てきたもんだ!勝手なこと言うんじゃねえぜクソッタレェェーーーーーッ!!」

「ウッ、ぐああ!」

貧民街の者は総じて気が短い。本当に盗んだものだったとしても本人の所有品だったとしても、あのように猪突猛進に突っ込んでいけば今のジョナサンのように殴られるのは至極当然のことだ。
だが、物事は此処から一気に大きくなってしまう。男は石仮面を持つ手でジョナサンの頭を殴り、ただの少年の力しかないジョナサンから血が流れた。

そして、ジョナサンの血に石仮面が反応し――

「うわーーーーーーッ!!?」
「ヒッ?!な、なんだあこりゃあ!?」
「なんだと!!?」

石仮面にはまるで意思が存在しているかのように男の手から零れ落ち、ジョナサンの頭を覆い、ジョナサンを吸血鬼にしてしまった。
男はこの現象にビビり、「いらねえよこんなもん!」と背を向けて去って行く。
それを横目で見送りながらジョナサンに駆け寄った。

「意識はあるか!?ジョナサン・ジョースター!」
「うう、うっ……」

何故だ、どうしてこうなった。まさかジョナサンが吸血鬼になるとは露にも考えておらず、動揺から冷静でいられない。
太陽を浴びる事が出来ない体質になったジョナサンは少なくとも、家督は継げない。不老不死となったのだ、老いるどころか成長しない未成年……日中のみ家に引きこもる怪しい当主なんて、よっぽど根回しの良い実力者でなければ針の筵だ。

「ご……ごめんよ、アデル……ぼくはきみに、めいわく、ばかり」
「喋るな。……少し不味い事態になった、俺の家に来い」
「うん……ぼくはきみを、しんらいしている……こいと、い、うならっ……い……こぅ」

どうすればいいのか、皆目見当がつかない。しかし此処でちんたらしていてもどうにもならないことだけは明白だ。ジョナサンに告げた通り、俺はジョナサンを自宅まで移動させる。

「のどが……のどが、かわく……のみたい、のみたいよ」
「喉……」
「ああ、つらい……つらいよ、とうさん、かあさん」

このまま見殺しにする選択肢は無い。そのつもりならそもそも家に連れずに大通りへ動かし日差しを浴びさせている。
ディオ・ブランドーの代わりに生まれた俺が持つ破滅の道は、ジョナサンから始まる。遠ざけるよりも殺した方が手っ取り早いのは理解している。だが、気が進まなかった。
仕方が無く腕を切って自身の血を採取する。貧民街に滞在したジョナサンの鼻は麻痺している、臭いを誤魔化すのは簡単だ。

「今ある水はこれしかない、清潔ではないが我慢しろ」
「ありがとう、アデル」
「……いいや。気にするな」

気を遣うふりをしてジョナサンの身体を支え、見た目で血とバレないように透き通らないコップを差し出す。ジョナサンが一口だけ血を口に含めると、あ、と小さく声を漏らした。そして貪るように、品位の欠片もなく血の一滴すらなくなるまでコップを舐めまわす。

「ハァッ、ハァ……!す、すごい、こんなにおいしいみず……うまれて、はじ、めてだよ。アデル……」

恍惚とした表情で俺を見つめるジョナサンを見て、俺はようやっと自覚した。此処はジョジョの奇妙な冒険ではないのだと。フィクションではなく、ノンフィクション。虚構ではなく、現実。
嘗て生きた世界と同じように、一瞬の内に多数の選択肢が存在し己の意志で未来を選ぶ。どうしようもないほど、生き辛い、面倒な世界。だが、この世界は確かに生きている。前世と同じく人が生きているのだと。

これは俺の選択の結果だ。原作の筋書きを妄信的に捉え、どうにかして道から逸れようとして色眼鏡で世界を見ていた結果。
ディオはこの世界に居ない。居るのはアデル・ブランドー。父に毒は盛らなかったが、確実な悪意を持って体調を崩させ亡き者にした悪。
そして、ディオが居ないと言う事はディオとジョースター家の因縁も無いということ。

俺の家で、俺のベッドで、俺の前で寝ているジョナサンは、ディオと共に海に沈む男ではない。
俺のだ。俺の、アデル・ブランドーのジョナサンなのだ。ディオではなくアデルの、俺のジョジョ。
何時の間にか俺は笑みを浮かべていた。切った腕の方の手を動かし、少し苦しげに眠るジョナサンの髪を撫でる。剛毛だがそれなりに柔らかい。

「ジョジョ」

ジョナサンの額に顔を近付け、キスを落とす。
ありがとう。お前が吸血鬼になってくれたお蔭で、俺は俺だけの道を見つけられそうだよ。



――これが俺とジョジョの始まり。
海に沈まない、俺達だけの物語。

俺はジョジョと永遠を生きよう。巡らない世界で、お前と。

(2/2)


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