気まぐれ部屋 | ナノ




五年生が全員、しかも一斉に行うかなり大規模な実習から帰ってきたら、学園が一人の女のものになっていた(な、なんだってー!)
えっ、なにこれ……怖……あ、先生方はご無事で?あ、はい。
あそこの女性は天女様ということになってるって?へえ。
未来の日本から時代を超えてお越しになったって?ふうん。

下級生はまばら、上級生はいなかった五年生以外ほぼ全員陥落しているらしい……うわ、怖……あー上級生ほぼ全滅なせいで委員会が滞ってるんですね、成程あの女性傾国の美女ですか?あ、それにしては特別可愛いわけではないですよね。十人に一人はいそうな感じ、ほどほどというか?
あの女性を接する時は気を付けるように?はーい、了解です。

はー、僕委員会やってないのに手伝う事になっちゃった……辛い。


 * * *


やべえ……気を付けるようにって言われてたのに同級生も毒された奴が出てきた……これは期待の傾国の美女ですね、間違いない。
僕は友達と一緒に火薬委員会に所属された。火薬委員会はどうやら一年生以外正気じゃないらしい。火薬委員会は他と比べて仕事が少ないらしいが、一年生だけでやりきれる程甘くは無い。一年生の目の下には隈があってとてもきつそうだ。やべえな傾国の美女。

可哀想だったのでお菓子をあげたら元気なく微笑まれた。愛想笑い丸出しだ、一年生なのに……後輩よりも好きになった女を優先される世の中の世知辛さを目の当たりにするのは少し不憫だと思います。
僕と友達と一年生の三人で早速仕事をしようとしたのだが、一年生は睡眠不足と疲労と精神的ストレスからかふらふらだった。その様子を可哀想に思った友達が待ったをかけ、結局僕と友達の二人だけでやる事に。

僕もあの窶れっぷりを見た上で先輩だけに働かせるつもりかアアン?などとふざけるつもりはないので、でもとか大丈夫ですとか言い募る一年生にデコピンをして気絶させた。今だけはせめて安らかに……

「うわ殺すとか最悪。一部始終を目撃してしまった俺の気持ちを三十文字以内で述べよ」
「ふざけてないで早く終わらせますよ」
「おう」

煙硝蔵の中の空気は淀んでいるので、一年生を置いておくわけにはいかない。木の幹に凭れかけて上着をかける。よし、これで大丈夫。さて頑張りますか。


 * * *


「あれが天女様かー、確かに可愛いよなあ」

相槌をうちながら黙々とおばちゃんのご飯を食べる。軽口が多い友達は『可愛いものは眼福である派』だ。その気持ちも分からなくはない、相手が未来の傾国の美女でなければね!くのたまは見目麗しくても見ていて幸せだとは到底思えないので、本当に傾国の美女(予定)でなければ僕も何も思うことなく天女を見ていた筈だ。

「あ、オイ見ろよ馨!立花と潮江が女の事で言い争ってる!おもれー!」

五年生にもなって学年が隣り合うと仲が悪いジンクスに囚われている友達は見世物小屋を楽しむ観客のようにけらけら笑っている。確かに三禁に五月蠅い潮江先輩と何事もクールな立花先輩が忍に関すること以外で口論している姿は見た事が無い、貴重だった。しかも口論の種は天女。不覚にも笑みが零れる。

「おや、どうやら俺の女だ選手権に以下の選手もエントリーするようです。とんでもない大混戦が予想されますね」
「七松に食満に竹谷に中在家に久々知に平に綾部に、おっと遅れて善法寺も追加ー!だが不運にも天女様を囲う輪から弾き出されたー!」
「聖徳太子でもなければ聞きとれないんじゃないでしょうか、あれ?」

人が多いだけあって声が重なり、声がデカい七松先輩は聞き取りやすいがそれ以外はあまり……というか耳が疲れるなこれ。聞こうとするのは止めよう。うどんの汁を啜っていると友達もあちらの喧騒に飽きたのか食事の続きをとっていた。正しい判断である。
それにしても、しかし、疑問があった。本当に何故なんだろうと問いただしたくなるような、そんな事が食堂にこの食堂に存在している。

(あの人たちはこの殺気に何故気付かないんだろう?)

天女様グループに殺気を向ける端っこの机で食事をとる少数派グループがあった。明らかに天女が気に食わないといった気配がびんびんする。今この学園で七割の生徒に好かれている天女をあそこまで露骨に嫌うのは勇気があると思う。
あと、この殺気に天女様グループは気付いていない点も可笑しい。天女以外全て視界からシャットアウトしているのかもしれない。なんという脳味噌だろうか。

「ご馳走様ー!食い終わったかぁ?行こうぜ、馨」
「はい、僕も丁度。行きましょう」

ちやほやとギスギスが同時発生している食堂は居心地が悪い。せめてどちらか片方は消えてくれないだろうかと思う僕は、個人的には人数が少ないギスギス派に消えて欲しかった。


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