気まぐれ部屋 | ナノ




サソリにとってアデルは「特別な存在」という陳腐な言葉で片付けたくないほど大切で特別な存在だった。

前の世界での話だ。サソリは幼き身で両親を失った。ただ失ったのではなく、信号を無視したトラックにサソリが轢かれそうになった時両親がサソリを庇い、代わりに轢かれてしまったのである。視野の狭い子供であるサソリには、両親が死んでしまった原因はトラックの運転手ではなく自分にあるとしか思えなかった。
チヨという名の祖母以外血の繋がりを無くしてしまったサソリは部屋に引きこもり、外に出ようとしなくなった。両親の葬儀にさえ出渋ったという徹底ぶりでチヨ婆を困らせ、毎日すすり泣いていた。

『父様、母様……ごめんなさい、ごめんなさい。僕のせいで、父様も母様も死んじゃった、ごめんなさい』

薄暗い世界に閉じこもっていたサソリに手を差し伸べたのが、近所に住んでいた幼馴染のアデルだった。毎日毎日サソリの部屋の前までやってきてはトントンとノックをし、『あーそーぼ!』と声をかけ、誘い続けた。
最初こそ泣き喚いて拒絶し、扉にぬいぐるみやら本やら玩具やらを投げつけアデルを叩き返していたサソリだったが、アデルは諦めず通い続け半年も過ぎた頃にはアデルが部屋の前に座り込み話をするという状態にサソリは慣れてきた。

『あそぼ!』と誘う声は相変わらずだったが、一度激しく拒否してからは無理やり外に連れ出そうとはしなくなり、扉一枚隔てた上でサソリに話しかけ続け、しりとりをしたり絵本を読み聞かせしたりと子供ながらにこの状況でも出来る遊びを考え、実行した。その頃には、サソリはアデルが遊びにきている間は両親のことで涙を流さなくなっていた。

そんな生活がまた半年ほど続くと、サソリの身に変化が訪れる。なんと、サソリがアデルを部屋の中へ招き入れたのだ。今まではチヨ婆しか入る事を許されなかったサソリの部屋にである。子供心ながら、その「特別待遇」を嬉しく思ったアデルははしゃぎ、体力のないインドア派のサソリを振り回して室内遊びに興じた。トランプやボードゲームしかしていないというのにサソリが息切れをしていたのは、此処一年の引き篭もり生活の弊害に違いなかった。

それからもサソリから与えられる「特別待遇」をアデルは存分に扱い、テレビゲームで遊んだり、チヨ婆も部屋に呼んで読み聞かせを行ったり、一緒に昼寝をしたりと、普通の子供遊びを続けた。
また半年、時間が過ぎる。

ある日、アデルが太陽に照らされた窓を指差しながら『外であそぼ?』と誘った時。
サソリは頷き。
アデルと固く手を繋ぎながら、一年半ぶりに外の世界に飛び出したのだ。



「……あ」

目が覚めた。小さい男の子と一緒に家の扉を通り外へ出かけた瞬間に意識が浮上し、眠りを終えたらしい。
夢の中で男の子の右手と繋いでいた筈の左手には温もりも何も存在せず、骨が浮き出た貧相な掌に変わっていた。違う。この掌こそが現実だった。近所に住む幼馴染の男の子なんて存在せず、一人っ子ではなく妹がいて、サラリーマンではなく医者の息子で。
そして、両親も妹も、白い町に全て置いてきてしまった。
この状況こそが真実で、現実だった。

「ぅ、あっ……あ、あああああああああああ!」

会いたい。父様たちと母様たちに。ラミに。チヨ婆に。
アデルに、会いたい。

全てを無くした少年がドンキホーテファミリーのアジトに向かう事を決意するまで、もう暫く。
前世で自分を救ってくれたアデルと再会するまで、あと。


prev / next

[ back to top ]



×