気まぐれ部屋 | ナノ




最初、既視感を覚えた。
次の瞬間、過去遭遇した一番の汚点と全く同一の物であることに気付く。
波江にとってこの表情を見るのは生涯三度目である。
憔悴しきった身であり、それほど大きなことを考える余裕は今の彼女にはなかったのだが。マンションの一室の主である男が浮かべた表情は彼女にはとても見覚えがあるもので、そしてとてつもなく腹立たしいことこの上ないものであった為、気を取られた。
ああ、ああ、憎々しい。
『憎々しい』という言葉で簡単に片付けたくないほどに憎々しい。
男の顔を見ていると、弟を思い出す。
弟を思い出すだけならば、それならば普段は幸福を運んでくれる。だが今は。
矢霧波江が歩んできた人生で特大の失敗と最大の後悔を思い出させるこの男が憎々しい。
もしかすると、矢霧波江という女性が他人にこれを紹介する場合、他人はこれに意識を奪われるジンクスが生まれているのかもしれなかった。だが波江は占いや縁起といったものは信じていない。必要となれば利用はするが、必要としない今はチリ紙よりも価値のないものだ。だが価値があるにしろないにしろ、そしてジンクスが生まれたにしろ生まれてないにしろ、結局のところこの現実に何ら違いはない。

初めて首と出会った時の矢霧誠二と同じ表情をした男、折原臨也が憎くて憎くて仕方がなかった。


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