喰われます


モブ益続き
※現パロになった(設定は同じ)
※青木さんと益田は友達じゃなくてセフレ前提に変更
※凄く微糖


ぺかぺかとテレビがせわしなく、青白く光り続けている。その前には、無表情な顔をその光に晒して、毛布を頭から引っ被っている益田龍一が、脚を剥き出して三角に座っていた。
青木は溜息をついた。コンビニの袋を置き、ネクタイを緩め、
「電気くらいつければ」と返って来ないだろう返事を想定しながらも云い、電気のスイッチをつけた。
益田はテレビから目を離さず、ただ少し顎を膝に近づけて全身を縮ませるようにしてから、ちいさくおかえりなさいと云った。


青木が貸した服は、身長はさほど変わらないのにいかんせん益田が細いので、だぶついて見えた。
益田は朝からずっと放心しているみたいだった(それ以上適切な表現が思いつかない)。
強姦――周囲の状況からみてもそうしかいえないだろう――されたのだから、当然の反応と謂えばそうなのかもしれない。
青木には益田の心中など善く解らなかった。
少なくない回数、体を重ねた相手の心中が、解らないなんて怪訝しな話だ。いや、元からこいつと自分の関係は怪訝しいのだ。どうして、恋人どころか、友人でもない男同士が、身体を重ねなければならなかったのだろう。
青木は苛立ちながら缶ビールを啜った。益田はとうに布団のなかで丸くなっている。
清算可能だと言い合えるほどあっけらかんとした絆でもなければ、愛情なんてものが芽生えるほど、やさしい関係でもなかった。夜の闇に全て落とし込むために彼を利用した。酷く便利なうつわだった(ATMと同じ程度には)。
定期的な逢瀬のなか、青木は益田に対する複雑な憎悪を育て上げていた(憎悪、そう形容するしかない、それ以外に胸にとぐろを巻くものを表現することばを、青木は持ち合わせていない)。それはもう、青木の心の腫瘍となって久しかった。それなのに。今更。何なんだ。
こんな。
(元々青木は、行為以外で、益田に会うのを、必要最低限以上には避けていた。理由はとてもたくさんあるようでいて、ただ気分の問題なようでもあった。考察しようとは思わない)
―益田以外の人間ならよかった。青木はなおもいらいらと思考を辿る。不謹慎なことこの上ない。だがそれが、青木文蔵という人間の本音だった。
たとえば女性だったなら。慰めて、派出所に連れていって、宥めて、事情聴取する。身の振り方を困りはしなかった。いや、そこらにいる男にだって、警察官青木文蔵は同じようにしただろう。
なのに。益田。よりにもよって!
青木はとりあえず益田を自分の家に連れて行った。道にうずくまっている彼の顔色は卒倒寸前なくらいに真っ白だった。顔は腫れ上がり、体中から精のにおいがしていた。立てないんです、と青木に縋るから、青木は益田をおぶってやりさえしたのだった。
風呂を好きに使うように言って、着替えを出して、食べるものも用意してやって、青木はまた派出所に戻った。まず益田を落ち着かせるのが先決だと考えていた。
青木も混乱していたのかもしれない。しかし何よりも青木を面食らわせたのは、益田が自分から口をひらこうとしないことだった。青木には、喋らない益田、なんてものは初めてだった。益田は性交のときだって沈黙を恐れている節があった。自らの饒舌で、なんらかのものを糊塗しようとしているような節が。
益田との間の沈黙は青木にはだいぶん居心地が悪い。上っ面の言葉がないぶん、心が直截に伝わってしまうという気がして。気ばかり急いてしまう。
……不味いな。
青木はビールの缶を卓に音を立てて置いた。明日は折角の休日だから、呑もうと思っていたのに、この調子ではさっさと寝た方がよさそうだった。溜息をつき腰を浮かせる。
益田の寝ている部屋に入った。豆電球をひとつ点して、益田の横に布団をのべる。振動のせいか益田は目を醒ましてしまったようだった。
「…あ。起こした?」
「………―」
反応が芳しくない。寝ぼけているのか。すっかり目を細めている顔はますます何か、狐というか、何か小動物、に似ていた。寒くなってきたから布団ちゃんとかけろよ。なんて、らしくもない言葉を零し(一週間前嫌がる益田を裸に剥いたのは誰だというのだ!)、青木は布団を敷き終える。消すよ、と一応声をかけて青木は再び部屋を黒く塗り潰した。


―――


……


「……―――なに。変な夢でも、見たの?」
慣れてきた眸には薄闇を透かして益田の包まる布団が見える。
こう啜り泣かれては眠れない。果たして自分が言葉をかける資格をもつのか危ぶみながら、それでも―葛藤の末に、結局青木は、細いからだに声をかけた。
ひくっと、益田が揺れたのが布団越しにでも分かってしまった。

………

落ちる沈黙。
なんだこれ。
冷や汗が流れていくのを感じる。なんだこれ。なんだこれ。青木は益田が言葉を返してくれるのを祈るように待つ。二人の関係は代替可能のものだったはずで、特別に感情を抱くことを、暗黙の裡に禁じていた。

「―……すみません、」
変ですよね。
男の癖に。
しじまの中に益田の声はよく響いた。あんたなんかに心配されたくなんてないと跳ね返されても青木には何の文句も云えない筈で。なのに。こいつは何で、謝りさえするのだろう。青木は夜の重い静寂にせっつかれながら、舌に載せられるような言葉を探した。血の通った温かな、にんげんがにんげんにかけるような、―友人が友人にかけるような言葉を。今までの冷え切った自分達の語彙からは、どうしたって導き出せない言葉、を。
焦燥を撹拌するように、ふたりのあいだに闇が満ちる。満ちて、取り返しのつかないような場所に青木たちを陥れようとするのを感じる。
「…こ」
そこから先を口にするのは、青木には彼にくちづけるより押し倒すより何よりも勇気が要った。
――こっちくる。こわい、なら、
一度そこで閉じた口。嚥下した唾。なぜか紅潮する頬。そしてまた唇を開いた。
「何もしないから」
そこからは一息だった。吐息に乗せて小さな声で、
――ごめん。





初めて、男を怖いと思った。筋骨隆々とした男なら刑事時代同僚にいくらでもいた。傷害だって詐欺だって取り立てだって、それこそ人殺し、だって。それなりに目の当たりにしてきたはずだ。強姦された女性にも会った。けれどそれと、実際この手を捩りあげられて押さえ込まれ、組み伏せられるのとはまったくわけが違っていた。違っていて、だから、益田は非道く混乱した。衝撃(ショック)だった。
青木の腕の中で益田はそう思い、またぽつぽつとそんなことを語りもした。青木は宣言どおり手を出して来ることはなくって、その穏和さがなんだか可笑しかった。
「きみ、僕は怖くないの?」ぽつりと青木が言った。
「―ええ…?」
益田はその気色に何となく戸惑うた。背中を抱く青木を体をずらして振り返り、闇夜を透かすように彼の顔の辺りを見た。
宛てのない視線が闇に揺れる。
「…」
沈黙が言葉を探せと促していて、益田は自分の気持ちを言語化しようと試みた。「…だって」
青木さんは。
怖く、
ないっすよ。

途端ぎうと、体を抱く腕に力が入り益田は怯気りと身をわななかせた。
「…っ青木さん?」
「何で?」
怒りよりは寧ろ悲しみが滲む声色に益田は眼を見開く。泣きそうな声。
「……な、泣かないでくださいよ、やだなア」益田は彼のその反応に焦る。誰にでもやさしい、自分には少々手厳しい、まじめで有能な、若い警察官。
それらしい強さで痩躯を抱きしめられている。
「だって青木さんのこと、僕、好きですよ?」
力を緩めてくれと合図して、益田は身を反転させて逆に青木を抱きしめた。
二、三年上の、でも益田なんかよりまっすぐな男。
「なんでだよ、僕は酷いことを君にしていた」
「否定はしません、」
ケケケ。
口の中で舌と空気を弄ぶ、この笑い方をしたのも久方ぶりだ。けれど。けれど。
「なんでか自分でもわかんないですけど、…」
青木さんとやるのは、嬉しいですよ、男同士の癖に。
会って話しているのも、やっぱ楽しいし…冷たいし結構傷つきますけど…でも別に嫌いになるほどじゃないですし…
青木は新鮮な心持ちで、益田のくちびるが、ゆっくりと今までの自分たちの関係をなぞるのに耳を傾けていた。
彼の胸あたりに耳が押し付けられているせいで、とくとくと鳴る心臓の音が如(よ)く聞こえた。

いつの間にか二人、滑るように眠りに落ちた。
冬の夜に互いの温度は酷く快かった。


夜のしじまを怺えて、星が亙るようだと思った。



130202


さまありがとうございました!大変遅くなりましたが相互記念ということでお願いします…!

度々頂く温かいお言葉に元気づけられております
このお話をサイトにあげられる形にできたのはササキさまのおかげです。

お互いマイペースに前髪の長い後ろ向きなアイツを愛でゆきましょう…(〃´υ`〃)






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