シングン

「イトコって結婚できるんだよ」
 
 そう言ったのは、テレビドラマの中の優しそうな男だった。
 主人公の女の子にいつも優しく寄り添ってきた兄のような彼が、眉根を寄せて呟いたのだ。
 女の子は、大きな黒目を瞬かせて、何も言えないでいる。その数秒の後に、イトコの彼は静かに首を振って「びっくりするよなぁ」と笑った。
 それを観ていたのは相当に幼い頃だったと思うけれども、その笑顔がどうしてか、記憶の底にずっとこびりついている。忘れたっていいはずなのに。

 
 目を覚まして、僕はまず二、三度瞬いた。
 珍しく、シンちゃんの寝顔が目の前にある。
 シンちゃんは、いつも僕よりも早く起きて、さっさと身仕度を整えていることが多い。起きたときにはもう出掛けているとか、良くて「もうメシできてるぞ」とベッドから転がされるか。
 だから、こうして寝顔を眺めるのは、そこそこ貴重な経験だ。それこそ、一緒に眠るのはイトコと言えども異様なほどの回数なのに。
 可笑しくなって僕がすこし笑うと、うっすらと黒目が開いた。貴重な経験は一瞬で幕を閉じてしまった。
「おはよ、シンちゃん」
「おー……」
「今日、お休みだっけ?」
「じゃねーけど、まあまあ遅出」
 そうなの、とまだぼんやりとしている黒目を覗き込みながら、そっと生え際を撫でてみる。太い眉根が少し寄る。
「んだよ……」
 何故か小さく舌打ちされた。
「いいでしょ、シンちゃんが珍しくかわいーから」
「へえ」
 よほど眠いのか、シンちゃんはされるがままに再び微睡みに落ちようとしているらしい。僕はなんとなくそれが嬉しくて、もっと優しく生え際から、黒い髪を梳いた。
 ねえ、何時に起きるの? 囁く声は自然に甘くなってしまっていた。 ほら、唸ってたらわかんないよ。くすくすと笑って、それで、急に思い出した。
 記憶の底にこびりついていた男の声。
 彼も、女の子を起こして笑っていた。イトコのことを、愛しそうな目で見て。
「うわ、あ……」
「あ? ……どうかしたのか」
「いや、何でもないんだけどね」
 シンちゃんが今度は目を細めて僕を見る。間もなく、目をそらした僕の頬が彼の手に挟まれた。ほっぺたが変形するくらいに強く。
「いはいよ……」
「どうかしたのか、つってんだよ」
 先程まですっかり微睡んでいたとは思えないくらいに鋭い目が僕を責める。ちょっと涙目になった僕に、少し拘束が緩んだ。
「本当にくだらないから、いいよ……って痛! ヒドいよシンちゃん、さっきまであんなだったのに!」
 緩められたのも束の間、今度は頬をつねられた。結局痛くて涙が出た。ついさっきまでの甘ったるさが嘘みたいだ。
「知らねーわ。お前こそなんだウワって」
「それはちょっと……。あの、自分に……びっくりしちゃって」
「ほー面白そうじゃん。何か言ってみたまえよグンマくんよ」
 片方の眉を上げておどけたように言うシンちゃんを、僕は恨めしげに見上げた。……なんていうか、いつもどおりだ。
「何だよそれ……もう、知らないからね」
 思い出したことがあって。……というか、ずっとなんとなく忘れられないのがさ。昔やってたドラマで、シンちゃんも観たことない?ああ、やだなあ、言うの。これ言っとくけど気まずいの、シンちゃんもだからね。
「いいから、言ってみろよ」
 僕はもう、シンちゃんの目をまともに見られなかった。一つ息を吸って吐いた。あのドラマのオニイサンが言うには、だ。
「イトコって結婚できるんだよ、ねー……」
 僕は白いシーツを見ている。虚しい無音が広がるのに耐えられないからそうしたのだけれども、かえって際立っているような気もする。
「ほら!ほらね!そうなるから言いたくなかったんだよぉ……」
 まっさらなシーツの皺を眺めていることもすぐに辛くなって、顔ごと羽毛布団に埋まりながら呻く。ぐりぐりとそう優しくもない手つきで撫でられて、僕の顔はさらに深く埋まる。
「びっくりするよなぁ」
 偶然だろうか、あのオニイサンと同じ台詞を続けたシンちゃんは、多分少し笑っていた。
「すげー……今更」

 


 


お題「イトコ同士」
シングン好きに18のお題
様より


3rd.Nov.2020

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