加賀今日

※SIN後
※若干SINネタバレ

DAY DREAM


 あの日――サイバーと、風見ハヤトと決着をつけた日に、加賀はブリードを棄てた。あれから暫くは鏡に向かって、お前誰だよなんつって。ブリードじゃあねえよなとかなんとか頭の中で一人芝居が続いたこともあった。そんなことも全て、今となっては過ぎたことだ。だよな、と確かめるように独りごち、もう見慣れた黒髪についた寝癖を加賀は手で少し直した。

「なあに、ひとりごと?」
「…そんなもんかな」

 苦笑して慣れた仕草で煙草をくわえる。火をつけようとライターに伸ばした手を、作り物のように整った指に掴まれた。「禁煙」するんじゃなかったの? 呆れた顔が遠慮なく加賀を射竦めた。加賀は肩をすくめる。
「そういや、んなことも言ったっけか」
「言ったっけか、じゃないわよ。もう、あんな意気込んでたくせして」
 油断もないわね、と既にくわえていた煙草まで素早く没収されては加賀も何も言えない。別にどうしても吸わなければならないような気分でもなかったのだから、機嫌を損ねたりはしない。しかし、一度吸おうと思っていたものが急になくなってしまうと、やはり幾らか口寂しいところはある。思案したのも束の間、ほとんど本能的に加賀は彼女の美しい指を撫でていた。
「きょーこさん」
「なによ」
「俺のお口が寂しーって」
 泣いてんだけど、と柔らかい亜麻色の髪を撫で、甘えるような視線で加賀は彼女を絡めとる。今日子が息を吐く。もう、と呆れたのか照れたのかよくわからない声色は、気の強い今日子が加賀を優しく許してしまうときのサインの一つだ。
 加賀はそれ以上今日子の言葉を待たずに、柔らかな唇に自分の唇を合わせた。最初は触れるだけ、それから徐々に上品な唇の綻びを縫うようにしてこじ開けていく。時折漏れる甘い吐息に、加賀はほくそ笑む。
 いつかは、どうせ手に入らないと手を伸ばす前から諦めていたそれが、確かに自分の手の内にある感触。今ではもう当たり前に味わっているそれだが、それでもなお、泣きたいほどの感慨が湧くことがある。鏡に向かい、もうお前じゃないんだなと苦笑するのと同じくらいに。いや、それ以上なのかもしれない。
「あんたってさ…」
「…加賀くん?」
「いや、なんでもねーや」
 首を振り苦笑した加賀に、今日子は一度不審そうに首を捻ったが、すぐに大輪の華のような笑みを広げた。バカね、と囁く声色は慈しむようだった。

「夢じゃないわよ」

(あんたってさ、本当に俺のなの?なんて)
(いくら俺がバカでも、そりゃあんまりだ)


13th.Mar.2010

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