カゲヒカ

 頭に薄いもやがかかったようだった。重たくて重たくて仕方のない瞼をゆっくりと持ち上げていく。すると、金色が眼前にあった。冷たく光るようで、その奥にあるものは暖かく、どこか懐かしいような気がした。金色のそれは二つ、真っ直ぐにヒカリを射抜くように煌めいていた。
 それから、更にそれが近付いてきて、ヒカリはそれが何であったかをようやく思い出した。突然電源が入れられたように、脳と意識が直結したのだ。ヒカリは、咄嗟に金色のそれらを持ち主ごと突き飛ばした。なんだったら、頭突きもオマケにつけてしまった。
「おい!」
 そんな悲鳴はどちらともなく上がったようだった。片や呆れるように、片や糾弾するように。
 ヒカリは二、三目を瞬かせて、首を傾げた。金色の双眸は確かによく見知ったものだと思ったのだが、どうも持ち主の様子に違和感がある。
「カゲ・・・?」
 癖の強い黒髪をがしがしと不機嫌そうに掻く男の仕草にはやはり覚えがある。よく知った男と同じものだった。
「お前なあ、ふざけんなよ。クソ痛えし。俺が何かしたかよ?」
「あ?カゲ・・・カゲだよな」
「いよいよおかしくなったか?もう寝た方がいんじゃねーの」
「うるせー!」
 やはり知っているはずのギザギザとした歯並びを見せて笑う男が、ヒカリのよく知る影浦と重なるが、それでも完全に同じとは言えない。彼が影浦だとしたら、たまらず威嚇するように喚いたヒカリの感情が刺さったのだろうか。男は眉をひそめた。
「・・・・・・なんだコレ?ヒカリ、お前マジでなんかおかしいのか?」
「わかんねーよ、全然・・・わけわかんねーもん」
 頭が混乱していた。膝を抱えたヒカリに、男が肩をすくめる。

 とりあえず飲んどけ、と差し出されたコップの水をヒカリは半分ほど飲み下して、礼を述べた。
「俺はわかるか?」
「カゲ、だよな。なんかちげーけど、カゲだと思う」
「なんか、ねえ」
 顎をさすった影浦らしき男の横顔を見る。ヒカリの記憶にある影浦より幾分か貫禄のようなものが増したというか、端的に言えば、である。
「そうだ、わかった!いきなり老けたなカゲ!」
「あ?んだお前単に喧嘩売ってんのか」
「ワハハ、老けてる。めっちゃ老けた」
 老けた影浦は、ぎゅっと眉を寄せて不機嫌な顔でヒカリを睨んでいた。
 お、心配してやったのになんだコイツはという顔だ。老けてもわかりやすいな、カゲは。
 なんとなく違和感があったとしても、そこに居るのは同じ男なのだと感じ始めると、ヒカリは一気に気分がリラックスしたようだった。すると、今度は急に目覚めた直後の光景が蘇ってきてしまう。あれは、やはり「そういうこと」なのだろうか。
「なあ、カゲ」
 ん?と影浦がヒカリの顔を覗き込む距離感がやけに近いような気がする。近付かれた分と同じだけ後退しつつ、ヒカリは彼を見上げた。
「さっきなんであんな・・・・・・あの、なんだったんだよ!何しようとしてたんだよ!?」
 というか何をしようとしていたかは、ヒカリにもさすがにわかっている。わかっているから、困るのだ。影浦は、眉をひそめて、それからきまり悪そうに視線を外した。
「はあ?・・・・・・嫌がってなかったじゃねーか、ついさっきまで」
「ついさっきっていつだよ!」
「ついさっきはついさっきだろうが!うるせえな。わかったやめりゃいーんだろ。つか、んな気分じゃなくなっちまったわ、とっくに」
「気分とかそういう問題じゃなくね?カゲお前なんだ、アタシのこと好きだったのかよ!?聞いてねーし、あの、困るだろ!」
「は?」
「えっ、言ってたか?」
 目を白黒させたヒカリに対して、影浦もまた動揺しているようだった。いま彼女の感情が刺さる感覚はいったいどのような心地なのだろうか。
「やっぱお前おかしいわ」
「自己完結してんじゃねー!説明しろ」




「つまり、アタシはいま花の女子高生17歳だと思い込んでるが、実際は27歳。姓は影浦に変わってると。そういうことか、カゲ」
「おう。飲み込み早えな」
「まあ、カゲの老け具合もあるしなー」
 つうかさ、とヒカリは二十七歳にしては子供っぽく瞳を輝かせた。これは別に異常事態でもなんでもなく、普段からそうなのだが。
「なあなあ、カゲ!アタシといつからどうやって付き合い始めたんだ?なにがどーして!」
 ゆさゆさと腕を揺さぶられる影浦は、そこにある感情が本当にガキのような興味や楽しみに満ちていることを感じてため息を吐く。
「忘れたな」
「おい!なあ教えろよ〜アタシ知らねーんだからさー」
「うっせ黙れ寝てろ」
「ひでー!あ、あとヒストリエってどうなった?終わりそうか?」
「まだ青年期だわ」
「やっぱ終わんねーなー!」






9th.Nov.2016

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