えのきむくむく

■ 円満 2013/06/22
48面相とサルガタナス

 これが悪魔の書か。
 埃を被った本の表紙を撫で付けながら、彼は唇を歪ませていた。
 道を外れたときから唯一の目的としていたそれをついに手にしたという達成感にも似た高揚が彼を満たしている。同時に、数年前の自分であればまず手にしないであろうそれを前に、彼は少しばかり自虐的な気持ちにもなっていた。
 このような本のために、いつかに愛した人は堕落し、自身も信じてきた神を捨てることになったのだ。それを恨むべきであるのか、聖職者であった頃には考えもよらぬほどに愉快な破戒者となれたことを感謝すべきであるのかも己にはわからない。ただ、そういう経緯を経て、彼はいまここに居たのだ。もはや堕落者であった彼に、ここより堕落する術もない。さしたる嫌悪感も躊躇も無いままに、彼はその表紙に手を掛けた。
 表紙に書かれた文字も、堕落者たる今の彼には容易に読むことができた。「サルガタナス」という隠匿を職能とする悪魔は、今の彼にはうってつけの力を持っている。ページを捲り、気をつけるべきルールなどに目を通す。何、悪魔とて今の彼には恐れるべきものでもない。上手く使役すれば良いだけのことなのだと彼は考える。彼女が利用されたというなら、自分は悪魔を利用すればいいだけのことだ。





 予めソロモンリングと呼ばれる結界を張り召喚した悪魔は、なんとも貧相なうさぎのような姿で現れた。やはり簡単だなと彼が唇に笑みをのせかけたとき、充血した目がこちらを見た。少し空気がひりついた。
「アンタがオレを喚んだ人間ぴょん?」
「やあ、よく来てくれたね」
 のんきな語尾をつけて、やけに高い声で悪魔が尋ねた。対する彼は努めて穏やかに悪魔を出迎えた。
 それから、悪魔が幾ばくか沈黙する。召喚者の値踏みでもしているのだろうかと彼は推測した。
「何かな?」
 悪魔を呼出すとんだ堕落者であったが、裏腹にまるで信仰者に優しくする神父のような笑みを彼は浮かべた。悪魔は、懺悔に訪れた信仰者よりはずっと胡乱げな瞳で彼を見る。
「服を着ていないのは、何か宗教上の理由でもあるぴょん?」
「いいや、趣味だけど」
 そうですぴょんか、とだけ悪魔は答えた。じわりと悪魔のこめかみを汗が伝ったことを彼は気にもとめなかった。



「さて、さっそく君と契約がしたいんだけど」
「生贄は何が頂けますぴょん?」
「ああ、君にあげるご褒美ね。いちおうグリモア見て考えたんだけど」
「ぐ、グリモアですぴょんか」
「うん。君の性癖までじっくり見たから」
 あからさまに動揺した悪魔をよそに、彼は神父よりはずいぶん嗜虐的な笑みを浮かべていた。グリモアは彼ら悪魔にとっての労働規則であると同時に、詳細な個人情報までをも網羅している。サルガタナスの職能が彼にとってうってつけであると同時に、その欲するものもまた、彼にとっては容易くうってつけのものであった。
「よし、君には私のことを『ご主人様』と呼ばせてあげよう」
「えっ」
 悪魔はびくりと身を震わせた。彼は構わずに、さらにねぶるような視線を悪魔に遣った。
「ほーら、それが君にはご褒美なんだろう?」
「あっ・・・ご、ご主人様・・・」
「うん、良い子だね!良い子のサルガタナスは特別に『お前』呼ばわりもつけちゃうぞ?」
 は、はひいとサルガタナスが情けない声をあげて鳴いた。どうやら契約は円満に成立したようであった。

■ 普通に 2013/06/17
アクタベとさくま

「心配とかしました?」
 あ、えっと少しは?無くもないですかね?とか。いや、なんで聞いたんですかね、もはやなんでワタシここにいるんだろう。
 ひと呼吸ぶん彼が黙るあいだに、問いかけた側であるはずの佐隈は、自分の人生から全て問いかけたい気分になっている。悪魔より恐ろしい彼の沈黙とは、そういうものだった。近ごろ慣れてきて多少生意気な口も利けたのだが、どうもこんなふうに黙られるのは居心地が悪い。
「べつに」
 あっ、そりゃしませんよねーうんうん私もそうだと思ってました! このあたりの回答がなんとか波風を立たせないところだろうか。ちらと考えている佐隈をよそに、彼の言葉はまだ続いていた。
「するけど」
「はい?」
「だから、心配くらいする。さくまさんは俺が雇ってる唯一の人間なんだし」
 君に関しては、巻き込んでると思わなくもないし、死んだりしたら多少は夢見が悪そうだ。
 そう語る口調はやはり淡々としていて、意外な答えすらもそんなものかと変に納得させられる。
「はあ・・・」
「早く一人前になってね」
 

はあ・・・(死にそうになる前にやめたいなあ)

■ 勝利のカレーパン 2013/06/13
べーとさく/変人戦の後

 作戦、大成功でしたね。
 そう言って乾杯よろしく渡されたカレーパンは、ベルゼブブへの特別報酬である。ぱくりとそれを嘴に挟んでから、彼はすっかり短く変化させられている片手を自慢げに掲げた。
「当然でしょう。このベルゼブブの力を以てすれば、あのような変態如き」
「それと、私の作戦もじゃないですか?」
「・・・まあまあでしたね。以前のようなクソ芋演技じゃなかったですし」
「説得自体は本心ですし、アザゼルさんが邪魔しなきゃ良いセン行ってたと思うんですよ」
 本心、か。案外そんなタマであるこの契約者に、ベルゼブブは眠たげな双眸を眇める。
「そういえばベルゼブブさん、最初私の説得とめてましたねー」
「それはそうでしょう。あんなもの、もはや人間じゃないと思うのが普通です」
 ただの人間が使役しているわけでもない人外に立ち向かうなど、馬鹿げている。いつだって人間の無謀は、簡単にその身を滅ぼすのだ。
「あなたが殺られでもしたら、私は」
「あ、芥辺さんと契約になっちゃいますもんね」
 じゃ、くれぐれも私を守ってくださいね。しゃあしゃあと述べる契約者に、悪魔は少しばかり呆気にとられた。それから努めて平静な様子で再びカレーパンを頬張った。
「まあ、美味いカレーがあればそれもいいでしょう」
「私、ベルゼブブさんのそういうとっても物分かりのいいとこ好きです」

人間が偉そうにわかったようなこと言うのはやめて頂きたいですね
へへーすみませーん

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