それは一瞬の出来事だった。
 少なくとも、早乙女アルトにはそう見えた。

『とっとと逃げろボウズ! 仕事の邪魔だ!!』

 有無を言わせぬ声色でそう警告してきたバルキリーに、昆虫のような外見をした化物が飛び付いた。バルキリーはそれを降り落とそうとしたものの叶わず、搭乗していたパイロットがコクピットから飛び出し、絶叫しながら化物に向けて銃を乱射する。
 『それ』は、本当に一瞬だった。
 銃弾に怯んだ様子もなく、化物はその手でパイロットを鷲掴みにして、迷うことなくその手に力を込める。
 苦しげに藻掻くパイロットの姿にアルトは思わず叫んでいた。

「やめろぉぉおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」

 グシャリ、と耳を塞ぎたくなる音の直後に化物の手から溢れた赤黒い液体が、パイロットスーツの破片とともに地面に落ちる。
 あまりにも残酷な死の瞬間を目の当たりにして立ち尽くすアルトの耳に、引き攣れた悲鳴が飛び込んできた。
 はっとして視線を走らせると、昼間天空門ホールの裏手の森で出会った少女───ランカ・リーが、恐怖に身を震わせながらパイロットを握り潰した化物を見上げているのが見えた。そして、彼女の横にもう一人。
 アルトのクラスメイトで、ミハエルによって今日の天空門ライブに連れ込まれた少年───セシル・レインフォードが、赤い化物を見上げて立っていた。
 その化物はゆっくりと二人の方に近づいていく。

「や……いや……来ないで……!」

 ランカが座りこんだまま後ずさった。
 どうする。
 どうしたらいい。
 焦りを滲ませ、必死に考えていたアルトを、ふとセシルが見た。

(……。何だ…?)

 セシルの顔からは、焦りも恐怖も感じられない。
 自分の視線に気づいたのを確かめるようにアルトを数秒見つめた後、セシルの目が滑る。つられてそれを追ったアルトは、パイロットのいなくなったバルキリーに気がついた。
 VF-25。
 自分の目の前で死んだパイロットが、直前まで操っていた最新鋭機。
 もう一度セシルを見ると、向こうもやはりこちらを見ている。

『やれるか』

 そう、問われているようだった。

「ああ…やれるさ、やってやる…!!」

 呟いてアルトは拳を握りしめた。
 傷だらけの機体に駆け寄り、キャノピーの大破したコクピットに入る。
 美星学園のEX-ギアは新統合軍が採用しているものと同型。バルキリーのシステムは問題なく起動した。新たなパイロットを迎え入れたVF-25が再び息を吹き返す。

「いける……!!」

 慎重にバルキリーを操り、化物を射程内に捉える。
 今まさにランカたちの目の前に迫っていたそれの注意を引きつけるように銃を数発撃ち込めば、動きを止めた化物はゆっくりとアルトの方を向いた。

「………っ」

 見たこともない化物と相対し、アルトは静かに操縦桿を握りしめた。
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