フロンティア大統領府から全国民に対して避難警報が発令された。
 これによりシェリル・ノームのライブも中断され、集まったファンたちは不満たらたらで天空門ホールを後にしていた。

「……あーあ。せっかくのシェリルのライブだったのに……」

 ランカ・リーもそんなファンの一人だった。兄に頼み込んでチケットを取ってもらい、バイトを休んでまで来たというのに、開演から一時間も経たないうちに帰るハメになるとは。
 家路に着きつつ、唇を尖らせて夕暮れの街を歩く。

「お兄ちゃん今日遅くなるって言ってたし……大丈夫かな…」

 どこを見ても表示されている『EMARGENCY』の文字を見上げてランカは不安そうに呟いた。
 ランカの兄であるオズマ・リーは民間軍事プロバイダーであるS.M.Sに務めている。もしかしたら所属パイロットたちが出動しているかもしれない。オズマは人事部で働いているから危険なことは何もないのだが、それでも心配なものは心配なのだ。

「……ダメダメ、変なこと考えちゃ! 今は早く家に帰らないと!」

 悪い考えを追い払いようにぷるぷると頭を振って、足元に落ちていた石ころを蹴り飛ばす。元々人通りの少ない閑静な住宅街を歩いていたため、当たる人もいないだろうと勢い良く蹴り飛ばした小石は綺麗な放物線を描いて飛んで行った。

「あっ」

 しかし小石が飛んで行った先、ちょうど落下地点付近を歩いている人影に気づいたランカは思わず声を上げた。天空門ホールからここまでずっと俯きがちで来ていたために、人がいることに気づかなかったのだ。
 薄暗がりで判別しにくいが、男性のように見える。ヘッドフォンをしているせいか、ランカの声には気づいていないようだ。
 カツン、とその後頭部に小石が当たった。

「いって」

 そう小さく漏らして、頭を押さえた少年が振り返った。
 遠目ながら視線が絡まるのが判って、ランカは大慌てて少年に駆け寄って頭を下げる。

「ご、ごめんなさい! 考え事してて、人がいると思わなくて……!」

「いや……まあ、良いけど」

 ヘッドフォンを外し、寸の間黙ってランカを見下ろしていた少年は呟くように言った。
 怒っている様子は無かったが、ランカは申し訳なさに身を縮める。それに合わせてしおしおと髪が萎む様に少年は瞬きをした。

「あの、ホントにごめんなさい……」

「良いって。それより一人か? 警報出てるの知ってるだろ」

 目だけで掲示板を示す少年にランカは頷く。

「あ、はい。シェリルのライブに来てたんですけど、中止になっちゃって、それで……」

「ああ……アレか」

 よくもまああんな所行く気になるモンだ、と遠い目になった少年にランカは首を傾げた。

「どうかしました?」

「……いや、気にするな。こっちの話……、」

 ふつりと言葉が途切れた。上空を見上げて目を細める。
 不思議に思って少年の視線を辿ったランカは、居住区を覆う透明ドームの向こうでチカチカと不規則に瞬く光の群れを見つけた。

「何だろ、あれ……」

「……近いな。前衛は何やってんだ」

「?」

 険のある呟きに少年へと視線を戻すと、光の群れを見つめていた暗紫の瞳がランカに向けられる。

「あんた、家は? どこにある?」

「サンフランシスコエリアですけど……」

「サンフランシスコ……少し遠いな。くっそ、面倒臭い」

「あの…?」

 舌打ちせんばかりの声色になった少年に、ランカはおずおずと声をかける。やがて溜息をついて彼は言った。

「家まで送る。一人で歩き回るのは良くないっぽいからな。……軍のゴーストで堕とせなかったヤツが、有人機で撃墜できるとは思えない」

 少年がそう言った次の瞬間、轟音と共に地面が揺れた。
 小さく悲鳴を上げて倒れかけたランカを咄嗟に支えて少年は空を見上げる。
 透明ドーム付近で激しい爆発が起こっていた。濃い煙幕を突き抜けて、何か≠ェフロンティア内部に侵入する。
 虫のような外観をしたそれは、建物を押しつぶして着陸した。周囲の家から出てきた人々が悲鳴を上げながら一目散に逃げはじめる。

「おい、立てるか。走るぞ」

「は、はい…!」

 少年はランカの手を掴んで立ち上がらせ、そのまま道路を走り出す。繋がれた手にランかはふと既視感を覚えた。昔にも、こんなことがあった気がする。
 もしあの場にたった一人でいたら、足が竦んで動けなかっただろう。今も恐怖心が無いと言えば嘘になるが、しっかりと握られた手がランカに安心感を与えていた。きゅっと強く握り返すと、少年は一瞬肩越しにランカを見やる。
 その直後、ランカの後方で続けざまに爆発が起こった。軍の戦車が破壊されたのだ。
 爆発に巻き込まれた周辺の住宅から瓦礫が飛び、ランカたちのすぐ近くに落下する。

「きゃあ!?」

 風圧に押されて体勢を崩したランカが悲鳴と共に転倒した。

「……っと、大丈夫か」

「………っ」

「おい……、」

 出かかった声は間近で炸裂した銃撃の音に掻き消された。
 空を仰いだ先で旋回する、白のベースカラーに赤と黒のラインが入ったバルキリーに少年は目を細めた。

「VF-25……」

 S.M.Sが開発企業から実戦運用を委託されている最新鋭機だ。先ほど赤い装甲の侵入者を銃撃したのはこの機体だろう。

「おい、あんた……」

 あの赤い生物の正体は気になるが、このままここに居れば巻き添えを食う危険が大きい。早くこの場を離れようと傍らの少女の側に膝をついた直後、バルキリーが二人のすぐ近くのビルに激突した。
 地面が揺れる。
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