「……っていうかさ」 晴れ渡る空の下、フェンスを背もたれに座り込み、眠たげに細められた目で空を仰いでいた少年が呟いた。 見上げる先で、紙飛行機を追いかけて校舎屋上のカタパルトから飛び立ったパイロット養成コースの学生が雲間に吸い込まれて行く。 「何なんだよ。こっちはただでさえ寝不足で死にかけてるってのに、ようやく手に入れた安眠から叩き起こされてこんな所に連れ込まれたと思ったら何だ。『EX-ギアの調整を手伝ってくれ』だぁ? ナニサマのつもりだミハエル・ブラン」 「そう言うなって。機嫌直せよセシル。俺はお前の腕を見込んで頼んでるんだ。……ああでも、寝不足に関しては、俺は悪くないぞ。自業自得だ。それにお前の言う『安眠』はただの居眠りだからな」 まったくよくやるよ、教師の前で堂々と。 そう呆れたように言うミハエルを、セシルは目だけを動かして見遣った。眠気のあまりにどこか虚ろになっている暗い紫色の双眸にその姿が映る。 「ほっとけ。お前に俺の苦労が解ってたまるか」 「へえ、苦労してたとは初耳だ」 「…………」 ぴくり、とセシルの眉が寄った。からかうようなミハエルの言葉に思わず言い返そうと身を起こしかけたが、すぐにくたりと体の力を抜いて再びフェンスに寄りかかる。 「……やめた。エネルギーの無駄だ」 このクラスメイトは人を自分の調子に乗せるのが実に上手い。ブレーキをかけ損ねると貴重な気力体力を持って行かれることは、嫌というほど理解している。 「んで、お前が俺に何を頼むって? 万年主席のミハエル・ブランともあろう御方が、この俺に」 「それはあくまで総合成績の結果。工学系の分野に関しては、お前の足元にも及ばないさ」 「俺とお前とじゃ年季が違うんだ。そう簡単に抜かされてたまるか。……それはそれとして、やっぱり要らないんじゃないのか、俺。そっちにゃフロンティアが誇る総合機械メーカー、L.A.I技研の御曹司サマがいらっしゃるんだろ?」 そう言ってセシルが顎で示したのは、自分のすぐ横に座っていた少年だった。操作していたPCからまだ幼さの残る顔を上げて、『L.A.I技研の御曹司』ことルカ・アンジェローニは苦笑を浮かべた。 「もう、そういう言い方やめてくださいよ、セシル先輩」 「事実だろ」 「いや、まあそうなんですけど……」 言い淀むルカを尻目に、セシルはあふ、と欠伸をする。 「飛び級してんだから十二分に優秀だろうが。そもそも俺、EX-ギア単品は専門外だぞ」 「そんなこと俺もルカもわかってるさ。けど、俺達にあの有名な『銀河の妖精』シェリル・ノームのライブでアクロバット飛行をしてくれって政府から要請が来てるんだ」 「ただの割の良いバイトだろ」 「そうとも言う。だが手を抜くわけにはいかないんでね。念には念を、だ。二重三重にチェックを重ねておいて困ることは何も無い」 「……『銀河の妖精』ねえ……」 ルカのPC画面に表示されたシェリル・ノーム来艦のニュース記事を一瞥したセシルは、心底どうでも良さそうに呟く。 「そんなにイイもんか?」 「シェリル・ノームですよ!? この銀河に生きてて彼女の歌を聞かない日は無いってくらいの大スターなのに!」 飛び上がったルカの台詞に、セシルは欠伸をかみ殺しつつ返した。 「仕方ないだろ、興味ないんだから」 「き、興味ないって……」 「じゃあ訊くが、お前、同じ店の違う日に作られたケーキをふたつ食って、どっちの方が美味いか訊かれて答えられるか? つまりそういうことだよ」 「……例えがわかりにくいです先輩…」 「理解しろ」 要するに、セシルにしてみれば銀河中に知れ渡った大スターだろうがストリートライブに興じる素人だろうが、興味関心の度合いは同じなのだ。 すなわち、ほぼゼロ。 「仕方ないさ、ルカ。コイツにとってあらゆる音は『騒音』であり『雑音』なんだからな。難儀だねえ、耳が良すぎるってのも」 ぽんぽんと頭を叩いてくるミハエルの手を鬱陶しげに払いのけてセシルは唸る。 「好きでこんな耳持ってるんじゃない」 生まれつきとはいえ、人間離れしていると言っても過言ではない自身の聴覚にセシルは辟易していた。少なからずメリットはあるのだが、日常生活を送る上ではデメリットの方が遥かに多い。 多種多様な『音』の溢れる街中は爆弾そのものなのだ。その中で流れる歌の一曲や二曲など記憶に留めておけるわけがない。 雑談はおしまいだ、と億劫そうに立ち上がったセシルはひとつ伸びをすると、首を鳴らしながらカタパルトを見渡した。 「どうせ逃がす気ないんだろ、ミハエル・ブラン」 「良くおわかりで」 「EX-ギアの調整だっけ? パフォーマンスの詳しい内容教えろよ。面倒臭いことこの上ないが、一機ずつメンテしてやる」 「そうこなくっちゃな。よろしく頼む。あとで奢ってやるよ」 「ヘタな飛び方して墜落するなよ」 釘を刺してからルカのPCを覗き込んで詳細なデータを確認しはじめたセシルに、ミハエルは思い出したように言った。 「そうそう、セシル。お前ライブ当日も最終チェックスタッフとして会場に来いよ。向こうに話は通してあるから」 「ああ。…………あ?」 データチェックに集中していたセシルは、あっさりとしたミハエルの声に半ば上の空で返事をしてしまってから、瞬きをして顔を上げた。 「おい。今なんて言った?」 「だから、ライブ当日もうちのスタッフとして会場に来いって言ったんだよ。ちなみに決定事項だから、お前に拒否権はないぜ、セシル?」 「…………」 「……ま、頑張れ」 完全にフリーズした学友の肩を叩いて、ミハエルはわざとらしくそう言った。 |