「『用ナシ』ってこういうことだったのね」

「報酬、貰う約束だったけどいらないよ。俺がやる前に、お宅の優秀なマネージャーが居場所突き止めてたみたいだしな」

「あなたがそう言うならそうさせてもらうわ。……ああ、そうだ」

 迎えの車の前で、セシルとそんなやりとりをしていたシェリルは思い出したようにアルトを手招きした。

「いい? さっき見たことは忘れるのよ。あんた達がもしあの視覚データをネットに流したりしたら、社会的にも生物学的にも抹殺するわよ」

「待てよ。『あんた達』って俺も入ってるのか?」

「当然でしょう? 男だってだけで同罪よ」

 アルトと入れ替わるように下がろうとしたセシルを引き止めて、シェリルは釘を刺す。後部座席に乗り込んだシェリルはふと「そうねぇ…」と呟いて二人を見上げる。

「でもただの記憶として、今夜一晩使うくらいは許してあげる」

「んな…っ!」

「こんなのと一緒にするな」

「…ふふっ、ばーか! んな訳ないでしょ」

 朱の走った顔で体を震わせるアルトを他所に、息を吐いて車から離れたセシルは近寄ってくるキャサリンに気づいて軽く手を挙げた。

「どうも。えーっと、……誰だっけ?」

「キャサリン・グラスです、ミスタ・レインフォード」

 もう何度目かもわからない応答を返すと、途端にセシルは身震いをする。

「うっわ思い出した、キャサリン・グラス中尉。敬称付けるなよ気持ち悪いって言ってるのに。鳥肌立った」

 腕を擦って引き気味にセシルは言った。
 彼らは以前にも面識がある。数ヶ月ほど前の話だが、どうやらかろうじてセシルの記憶に残っていたようだ。

「その節は、軍の技術開発部にご協力頂きありがとうございました」

「礼は要らないって。俺は依頼された仕事をしただけだ」

「はい…。数日のうちに、アイランド1周辺に何機か配備されることが決定しました。まだ試験運用の段階ですが……」

「ああ、そう」

 民間のメカニックが軍の正式な開発に携わり、その努力が実を結ぼうというのだ。普通なら泣いて喜びそうなものだが、さして興味無さげにあっさりと返したセシルにキャサリンは苦笑を浮かべる。

「話には聞いていましたが、お若いのに随分優秀な腕をお持ちなんですね。技術開発部の方から『引き抜きたい』との声も聞こえてきていますよ」

「嫌だね、軍人なんか。今のS.M.Sより待遇良いなら考えない事もないけど。でもま、オーナーがまだ手放さないんじゃないの? …っと」

 鳴り出した通信機を一瞥して、セシルは不機嫌そうに目を細めた。1コールの後に沈黙したそれにキャサリンは首を傾げる。

「出なくて良かったんですか?」

「すぐ戻って来いってことだよ。誰かヘマやって機体壊したとか、そんなんだろ。……あと頼めるか、特にあそこの一般人二人」

 目でアルトとランカを示し、それを受けたキャサリンが頷いたのを確認して、セシルは展望公園の奥へと向かった。途中ふっと翳った星明かりに上を見上げると、バルキリー二機に運ばれていくアーマードがドーム上空を通過していくところだった。

「オズマ・リーか……何やってんだあの軍人上がり」

 呟きに覆い被さるように響いた少女の悲鳴に顔を顰めて、セシルは硬い鉄の地面を蹴った。
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