それから数十分と経たないうちに、セシルは腹の上に何かが倒れてくる衝撃で覚醒を余儀なくされた。 「……っ?」 目を開けるとそこは暗闇で、叩き起こされた結果急降下した機嫌のまま腹に乗っているものを鷲掴みにする。 ひゃあ、と妙な音が聞こえて、セシルが掴んだ何かがもぞもぞと動く。 (……なんだこれ……毛玉……?) 寝惚けた頭でそれをまさぐっていると、電気が復旧して周囲が明るく照らされた。 「シェリルさん!」 腹の上の毛玉が慌てたように声を上げる。……否、それはセシルに頭を掴まれたランカだった。 証明の眩しさに目を瞑って不満げな声を漏らした時、鮮やかな平手打ちの音がシェルター内に響いた。 「あたしの生で見たのよ!? そのくらい安いと思いなさい!」 「…っ抜かせ! 大体、ステージとかで色々見せてんだろ!」 「それとプライベートは別なの! いやらしい目で見ないでよ、この変態!」 「誰が変態だ!」 「あんたよこのエロガキ!」 「黙れ露出魔!」 「なんですってぇ…!?」 ぎゃあぎゃあと言い合うアルトとシェリルを、ランカとセシルは傍観していた。 「………なにやってんだ?」 そう呟いたものの、セシルの意識はアルト達の口論とは別のところに向いていた。眉間にしわを作って米神を揉むと、そのまま億劫そうに耳を塞ぐ。 中途半端に寝たせいで頭痛がひどい。おまけに、シェルター内に男女の大声が微妙に反響して頭に響く。 最悪だった。 「外でやれよ……」 そう唸ったセシルの横で、不意にランカが「あ!」と声を上げた。 「お、お腹空きませんか? 私、たまたますっごく美味しい点心を持ってるんです。娘々名物、まぐろ饅!」 言い争うアルト達をどうにか仲裁しようとしたのだろう。二人の注意がランカに向いたことで、ひとまず口論は止まったのだが。 「や、やっぱり、腹が減っては戦ができないっていうか、閉じ込められたら、その……まぐろ饅……みたいな………その……」 尻すぼみになっていくランカの声にシェリルとアルトが吹き出した。 「やっぱり可愛いわ、あなた」 笑い声の合間にそう言ったシェリルに、ランカは真っ赤になって俯く。目に見えて落ち込むランカに、セシル耳を塞いでいた手を離した言った。 「まあ……和んだから良いんじゃないのか」 点心をすっかり食べ終えると、アルトはどうにか外部と連絡を取ろうとシェルター内の通信機に向かった。しかし先ほど停電を起こした衝撃で通信システムがダウンしたのか、結果は芳しくなかった。 「ダメだ……何度やっても復旧しない」 「落ち着かないわねえ。自分の運命が人任せってのは」 重い息をつくアルトとシェリル。そこにランカが床を見つめて呟いた。 「……S.M.Sの人達、大丈夫かな…」 「知り合いがいるのか?」 「うん。お兄ちゃんが事務で働いてて、私もよく差し入れに」 「……S.M.Sか……、S.M.S?」 独り言ちたアルトはふっと目を見開いた。 「セシル、」 「嫌だ」 「まだ何も言ってないだろ!?」 思わず突っ込んだアルトに対し、セシルは壁に寄りかかってポケットに手を突っ込み、投げ出した足を組んだ格好で返す。 「何も聞いてなくても嫌だね。絶対嫌だ。どうせどうにかして外と連絡取れるように、それ弄るなりなんなりしてくれって話だろ? お断りだ。俺はサービス残業はしない主義なんだよ。金にならない時間外労働なんぞ誰がやるか」 「お前……」 今彼らがどんな状況下にいるのか、セシルも充分わかっているはずだ。にも関わらず、どうしてこの同輩はこうも頑ななのか。 「ねえ、ちょっと」 無言で睨み合う二人の様子を見ていたシェリルが不意に言った。 「あなた、報酬が出ればやるわけ?」 「あ? …ああ、やる」 だから? という顔でセシルはシェリルを見る。 今のセシルは学生ではなく、S.M.Sの一社員だ。そしてそれ以上に、彼は『資本主義』に忠実だった。 「ならその報酬、あたしが出すわ」 「シェリル…!?」 「へえ……良いのか?」 驚愕をあらわにするアルトを黙殺して、シェリル・ノームは面白そうに目を細めるセシルに向かって頷く。 「構わないわ。あたしがあなたを雇ってあげる」 「言っておくが、俺は高いぞ」 「上等じゃない。あたしはシェリルよ。外と連絡がついて無事にココから出られたら、ボーナスも出してあげるわ」 「……いいね。オーケー、わかった。契約成立だ」 にっと笑って立ち上がると、セシルは通信機へと向かった。 ウエストポーチから取り出した工具でカバーを外すと、黒い端末とコードを内部に半ば強引に繋ぐ。そしてポケットから出した携帯電話と端末を同様に接続した。 「ここ、携帯通じないんじゃないの?」 「普通はな。コイツは俺のお手製だ。そこらの市販品と一緒にするなよ」 素っ気なく返して、セシルは表示の切り替わったパネルに何かを入力しはじめた。 「……すごい……」 澱みなく動く手に目を丸くしたランカが素直な感想を漏らす。 しばらくセシルの作業を何とはなしに眺めていたシェリルだったがふと眉をひそめてアルトを見上げた。 「……ねえ、何か空気悪くない?」 「皮肉ならもう止めろよ。セシルが今やってるだろ」 「違うわよ。本当に息苦しいような…」 そう言ってシェリルが虚空を見上げた時、澱みなく動いていたセシルの手が止まる。 「これって……」 次の瞬間、二度目の衝撃がきた。 証明が落ち、今度は赤い非常灯が点灯する。警報が鳴り響くシェルター内で、パネルの表示を確認したアルトはその顔に焦りを滲ませた。 「くそっ、循環系が停止してる。このままじゃ、あと十五分も保たない…!」 「ちょっと、何とかしなさいよ!」 「簡単に言うなよ。出来るんならとっくにやってるさ! ……セシル、そっちはどうだ!?」 「……俺、用ナシだったかもしれない」 「そんな……」 「…冗談じゃないわよ」 なれない手つきでパネルを操作するアルトを睨みつけてシェリルは立ち上がり、そのままシェルターの外へと向かう。 「馬鹿やめろ! 外は真空だぞ!」 「なら諦めて窒息するまで待てっての!? そんなの御免よ。あたしは諦めない」 パネルを弄ったり壁面のカバーを開けたりしながらシェリルは言う。 「みんなはあたしを『幸運だ』って言うわ。でも、それに見合う努力はしてきたつもりよ。だからあたしは『シェリル・ノーム』でいられるの。運命ってのは、自分で掴み獲るもんなのよ!」 『その通りです』 シェリルが一歩、梯子に足をかけたとき、上からそんな声が降ってきた。 聞き覚えのあるそれに、はっと顔を上げたシェリルの視線の先でシェルターのハッチが開く。その向こうで微笑んだグレイスに、シェリルもまた笑顔を返した。 |