「早乙女アルトさん、我々に同行して頂きます」

 美星学園までやってきてアルトにそう告げた女性軍人に連れられて、アルトは軍事病院へとやって来た。
 入るよう促された検査室で血液を採取されながら、アルトは傍らに立つ女性軍人を見る。

「何で俺がこんな検査、受けなきゃならないんだよ」

「必要な措置です」

 女性軍人は教室からアルトを連れ出した時と変わらない口調で答えた。

「貴方は正体不明の敵に接触したようですから」

 そう言って彼女は数枚の写真をアルトに見せる。そこに写っているのは、バルキリーのコクピットに乗っているアルトの姿だった。

「何なんだよあの化物共は…!」

「軍事機密です」

「……っ」

 すっと顎を上げた女性軍人は睨みつけてくるアルトに構わず口を開く。

「───早乙女アルト。歌舞伎俳優・十八世早乙女嵐蔵の長男。十歳で初舞台。55年、美星学園中等部、演劇コースに入学。高等部進学時にパイロットコースに転科。成績は次席……優秀ね」

 原稿でも読み上げるように澱みなく言った女性軍人は、「だからといって」と言葉を区切った。

「バルキリーに乗って戦闘をするのはやりすぎね。軍はこの件で貴方を告発する用意があります」

「あの時はああするしかなかった! どっかの軍人はやられちまったし…!」

「それは理解します。ですから譲歩案も用意してあるわ。……貴方、軍に入るつもりはない?」

「え……?」





「そんな素人を勧誘するなんざ、軍の人手不足もいよいよ深刻なんだな」





 唐突な第三者の声に、女性軍人は検査室の入口を振り返る。
 すぐ扉の脇の壁に寄りかかった二十代後半ほどの男を見て彼女は呟いた。

「オズマ……」

「ウチの口と性格の悪いメカニックが嘆いてたぞ。軍ほど宝の持ち腐れをしてる連中はいないってな」

「軍を辞めた貴方には関係ありません!」

「いや、あるね。そいつの壊したVF-25は、俺達S.M.Sの管理下にある機体だからな」

「! S.M.S…?」

 驚いたように漏らすアルトを他所に、オズマはにやりと笑みを浮かべる。

「だろ? キャサリン・グラス中尉?」










 数分後、アルトはオズマ・リーと名乗った男の車に乗って高速道路を走っていた。
 高速を降りるトンネルの中に入った所で、それまで黙っていたアルトはようやく口を開いた。

「あんた、S.M.Sって言ってたよな。軍の下働きやってる会社が、何であんな機体を持っている。まだ性能評価試験中のはずだぜ」

「フン、一端の知識はあるって訳だ。……どうだ、VF-25は。ゾクゾクしたろ?」

「………」

 やがてオズマはスリップをしながら車を停める。そこから一秒と経たないうちに、助手席の窓から見えていたトンネルが上りはじめた。……否、アルトの乗った車が下降しているのだ。

「その試験は、メーカーの委託で俺達がやっているのさ。より実戦的にな」

 ズシン……、と音がして、下降が止まる。
 正面を見ると、『S.M.S』と書かれた二層の重厚な扉が滑らかに開いていく。

「意外だな。民間なんてもっとグダグダしてんのかと思った」

 オズマに促されて車を降りた先にあったのは、バルキリーの格納庫のようだった。
 居並ぶバルキリーや忙しなく動き回る作業員たちを見て素直に感想を述べたアルトに、オズマは言う。

「資本主義ってヤツさ」

「?」

「金の力は偉大ってことだ」

「……。何で俺を連れてきた」

 軍からオズマへと身柄を引き渡されてから、アルトは初めてオズマにそれを尋ねた。まだ、この男の目的が何なのか、アルトは聞いていない。
 問われたオズマはアルトを見ると、彼のすぐ横に置かれたバルキリーに目を向けた。その視線を追ったアルトは息を呑む。
 キャノピーは失われ、機体のあちらこちらに損傷を負ったそのバルキリーは嫌というほど見覚えがあった。

「……それは、コイツのためさ」

 オズマの声に振り返ると、キャスター付きの台に乗ったヘルメットがアルトの目に入った。

「ギリアムは死んだ。お前は見ていたはずだな」

 台に置かれた拳銃やアクセサリー、写真にオズマは視線を落とす。

「話せ。ヤツがどんな風に戦って死んだか。看取ったヤツは、残された者に死に様を語って聞かせる……。それがココの流儀だ」

 オズマの声に、格納庫にいた隊員達が次々と集まってくる。その中に見知った顔を二つ見つけて、アルトは目を見開いた。

「ミハエル、ルカ……?」

 隊員達に囲まれ、束の間の沈黙が降りたその時、





「相変わらずくっだらないことやってんのな。どうせ辛気臭くなるだけなんだから止めりゃ良いのに」





 そんな声が降ってきた。
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