翌日。
 非常事態宣言は解除されたものの、フロンティアの有様は酷いものだった。倒壊した建物は多く、道路の舗装も無惨に抉られており、昨日までの平和な街並は綺麗に消え去っていた。
 それでもかろうじて被害を免れた地区は、それなりに賑わいを取り戻しつつある。
 そんな街中の喧噪から離れた一区画に民間軍事プロバイダー、S.M.Sの本部があった。

「検査? ……別に必要ないって。変なところ無いし」

「それを判断するのはお前じゃない。軍……というより政府から、昨日の戦闘でバジュラと接触した可能性のある人間は全員検査しろと、わざわざお達しが来ている」

「……役立たずの無能共が何を偉そうに」

「とにかく、あとはお前だけだセシル。オズマやミシェル達はもう済ませてる」

 その言葉に、セシルは破損したVF-25からカナリアへと視線を移す。彼らが居るのはS.M.Sのバルキリー格納庫だった。

「………、それは命令か? カナリア・ベルシュタイン」

「そうだ。お前の大嫌いな『命令』だ」

「………」

 しばらくカナリアを睨みつけていたセシルだったが、ふいと目を逸らして舌打ちをする。

「ちっ。わかったよ。受けりゃいいんだろ受けりゃ。さっさと終わらせてくれ、こっちも仕事がある」

「ギリアム……そのバルキリーのパイロットはもう居ないだろう。そんなに急いで修理する必要はあるのか?」

「別に急いじゃいない。けど、修理しておくに越したことはないだろ。ひょっこり後釜が出てくるかもしれないし」

「お前は本当に仕事一番だな」

 呆れたようにカナリアは言った。
 セシルは仕事に対してはどこまでもストイックな人間だ。軍事プロバイダーの特性上、それは大いに喜ばれるべき美点なのだが、彼はどうしても周囲とそりが合わない。

「あとは性格さえ何とかなれば、誰も言うことはないだろうに」

「余計な世話だ」

 医務室へと廊下と並んで歩きながらカナリアは溜息をついた。すぐこれだ。

「感心するよ。血の気の多い連中が山ほどいるS.M.Sでよくまあ無事にやってこれたものだ」

「無事、ねえ……。まあ、まだクビにされてないだけマシかね」

「少しは周囲の心に広さに感謝しろ、セシル」

「人の顔見るたび露骨に嫌そうな顔する連中のどこに感謝しろって? 俺は雇われた時にちゃんと言ったからな。『組織行動とか大ッ嫌いなんで何があっても知りませんよ』って」

「ああ……そうだな。お前が来てからしばらくは、だいぶ荒れたな……」

「どこもそうだった。雇われてもせいぜい三日、長くて一週間が限界だったし。ぶっちゃけココも早々に追い出されるかと思ってたんだけど、案外保ってる。未だに勤続日数更新中だ」

 欠伸を噛み殺しながら悪びれもせずにセシルは言った。
 昔から、セシルは何かにつけて相手の神経を逆撫でするような物言いが多い。血の気の多い連中がごまんといるS.M.Sでは彼を快く思わない者も少なくなかった。
 セシルはセシルで毛嫌いされると充分理解した上でそういう態度を取る。しかし解雇しようにも彼のエンジニアの腕は優秀すぎるほど優秀で、手放すには惜しい人材だった。
 解雇はできない。しかし隊員からは不満が噴出している。そんな状況に、当時のカナリアたちは正にお手上げ状態だった。
 そのギスギスした空気が変わり始めたのは、ミハエルやルカがS.M.Sに入隊してきた頃だったろうか。
 S.M.Sの中では比較的年齢も近かった彼らは、よくつるむようになった。正確に言えば、ミハエルがルカを引き連れてセシルにちょっかいを出し始めた。
 彼らの間に何があったのか、カナリアは詳しいことは知らない。しかしセシルの放言に対してミハエルやルカがフォローを入れるようになってから、セシルがまとっていた棘のある空気が嘘のように消えていった。
 彼自身が徐々に丸くなっていったのも理由のひとつかもしれない。

「(……あの頃は苦労したな。全隊員を代表して喧々囂々やりあってたオズマの苦労が偲ばれるよ)」

「? なんか言ったか?」

「いや」

 幸い口の中の呟きは、幸いにしてセシルの耳には拾われなかったようだ。
 昔のあれこれを思い出して薄く笑みを浮かべたカナリアの顔を見て、セシルは足を止める。

「……何ニヤニヤしてんだよ、気持ち悪い」

「気にするな。人間変われないことはないものだと、そう思っただけだ」

 怪訝そうな顔をするセシルに「何でもない」と手を振って、カナリアはまた少しだけ笑った。
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