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声を出そうと口を開こうとしたが舌が切れていたことを忘れており、痛みに顔が歪む。
「お前、舌を噛み切ろうとしたのか?」
首を縦に振れば、なるほどと口元が弧を描く。
「攫うには騒がしくなくて手間が省けるな」
風間の言葉に呆気に取られる。
心配なりの言葉をかけてくれるかと思えば、まさかの返しに驚き、呆れ、思わず可笑しくなってしまった。
舌が痛くて声を出して笑うことは出来ないが黙っていても表情には現れていたようでまた風間は柔らかく俺に笑いかけた。
手枷がはずれ数日ぶりに俺は自ら捨てた自由を手にいれた。
ぐぅー
「っ!」
ついでに腹の虫の枷も外れたらしい…。
今までどうでもよいと思っていて空腹感が俺を襲い、同時に恥ずかしさがこみ上げて来た。
「くくく…その汚い形を綺麗にした後には腹の虫を沈めてやろう」
肩を震わせながら笑う風間に腹立たしさを感じたが目の前に差し出された手が悔しいことにとても嬉しくて堪らなかった。
「あの日お前に言った言葉をもう一度伝えよう、涙を流すのなら俺の元に来い」
頷く俺を確認した後、風間は俺の身体を軽々と抱き上げ俺を攫ってしまった。
さよならと誰にも伝えずに
きっと俺を探して兄上は泣いてしまう
きっと俺を探して皆が困ってしまう
それでも此処にもう俺の居場所はない、だから俺が消えるのをどうか許して欲しい
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