初夏の日差しが薄いカーテンを通り抜けて、部屋全体を照らしている。瞼の裏にまで届いたまぶしさに、少し前まで夢の世界にいたはずの少女は簡単に現実へと引っ張り出された。
同じくベッドの上で体を丸めて寝ている相棒を一瞥してから室内を見渡せば、決して広くはない部屋のあちらこちらにダンボールが積み上げられ、かろうじて取り出した服や必需品が散らばっている。生活感など全くない。

(そうだ、昨日はあのまま寝ちゃったんだ…)

ベッドに座ったまま体を大きく伸ばし、少しばかりこみ上げた面倒くさい気持ちに蓋をする。今日一日はこれらの片付けに費やされることは必至であるが、同時に、買い出しついでにこの辺りを散策してみたいと思った。
普段立ち寄れるお洒落なカフェでも見つかるといいな、と心の中で呟きながら、少女は立ち上がる。

屋敷わらし17歳。先日この街に引っ越してきたばかりの女子高生である。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


天気の良い麗らかな午後。部屋の片付けもそこそこに、わらしはさっそく繁華街へと繰り出した。その様子に、わらしの横で宙に漂う相棒のラーイは、やや呆れ顔で苦言を呈す。

『いいの? まだ部屋全然片付いてないけど』
「その前に買い出しよ。何か食べるもの買わなきゃ、冷蔵庫の中はすっからかんなんだから。他にも色々と必要なものがあるし…」
『ふーん。ま、いいけど。それならさっさと済ませちゃおうよ。引っ越したばかりでトラブルに巻き込まれでもしたら面倒だよ』
「そうね。“必要なもの”を買ったらすぐに帰るわ」

わらしの返答とは裏腹に、ラーイはきっと長くなるな…と思った。
わらしの言う“必要なもの”は気分次第でコロコロ変わる。ある時は街を歩きながら見つけた服だったり、またある時はふらりと立ち寄ったホームセンターに置いてある工具キットだったり。つまり、すぐに帰るというのは言葉だけで、結局満足するまでは戻らないのだ。

『…夕方には戻ろうね』
「はいはい。じゃ、しばらく話しかけないでね」

ラーイの言葉に軽く返事をして、わらしは足取り軽く歩き続けた。そろそろ人通りの多い場所に出る。
デュエルモンスターズの精霊であるラーイ――《風征竜−ライトニング》――の姿や声は、普通の人には認識できない。わらしが人前でラーイと会話している姿は、他の人にとってはおかしな行動にしか見えない。それ故、ラーイは外出先ではいつもおとなしくしている。

『(あさってから学校なのに、大丈夫かなぁ…)』

ラーイの心配をよそに、わらしはデンシティでのショッピングを心行くまで楽しんだ。
生活雑貨に加え、ウィンドーショッピングで見つけた服や靴まで…。両手に大量の紙袋を下げて一休みしたいと思った時には、陽は既に傾いていた。これから食料品を買って調理する気にはなれない。
人や精霊の波に流されるようにやってきた広場で、どうしようかと考えていた時である。ホットドックを販売しているキッチンカーを見つけたわらしは、すぐに財布を取りだした。

「こんにちは。ホットドックとポテト、それにジンジャエールもらえますか」
「いらっしゃい。すぐできるよ」

対応したのは人あたり良さそうな若い男だった。慣れた手付きでホットドックを包みながら、わらしの持つ荷物を見て話しかけてきた。

「大量だね。買い物帰り?」
「ええ。実は昨日引っ越してきたばっかりで、色々と必要で」
「そうなのか。じゃぁまだ部屋も片付いてなさそうだな」
「片付けどころか、冷蔵庫の中身も空っぽなんです。だから今日は外で済ませちゃおうと思って」
『(結局食べ物は何も買わなかったもんね…)』
「なるほどねぇ。そりゃ大変だ。…はい、お買い上げありがとう。うち、こことスターダスト・ロードの近くで店やってるから、良かったらまた来てくれよ」

男から袋を受け取りながら、わらしは首を傾げた。

「スターダスト・ロード?」
「ん。あぁ、海の方にある名所なんだ。発光したプランクトンが集まって、海が輝くように見えるときがあるらしい。それでそんな名前がついたんだ」
「素敵…! 見てみたいかも」
「暇ができたら行ってみるといいよ。凄く綺麗な場所だから」

キッチンカーの店主から思いがけない情報をゲットしたわらしは、次の休みにでもさっそく行ってみようと思った。

「教えてくれてありがとう。絶対行ってみます」
「あぁ」

にっこりお礼を述べ、いざ別れようとした時、キッチンの奥から制服を着た男子生徒が現れた。

「草薙さん、ちょっと…」
「あぁ遊作、今行くよ。ごめんな、お嬢ちゃん。今日はこれで店仕舞いだ」
「いえ」

草薙と呼ばれた店主は、青年に呼ばれるとすぐにエプロンを外して片付け始める。わらしも帰ろうとしたが、草薙を呼んだ青年のことが気になった。なぜなら、彼の身なりに見覚えがあったからだ。

(デンシティ・ハイスクールの制服だ…)

思わずまじまじと見つめていたら、目が合ってしまった。

綺麗なエメラルドグリーンの瞳。変わった髪型。
初めて見るはずだが、わらしにはどこかで見た覚えがあるような気がした。懐かしいような、不思議と思い焦がれるような。

(…ってそんな訳ないのに!)

慌てて視線を逸らし、すぐに帰路についた。幸いにも青年の方はわらしのことを気にしている素振りはみられなかった。
歩きながら、人気がなくなったところでラーイに話しかける。

「ねぇ、ラーイ。さっきの男の子、同じ学校の人だったね。何年生だろう」
『さぁね。わらしよりはしっかりしてそうだったよ』
「もう、ひどいんだから」
『素直な感想だよ。それより、結局部屋が片付いてないよ?』
「それはいいじゃない。明日一日かけて頑張ればなんとかなるよ」
『本当かなぁ…』

わらしの言葉はイマイチ信用がない。ラーイはジト目でわらしを見た。

「お買い物のついでにスターダスト・ロードのことも聞けたし、今日は収穫が大きかったわね。あ、彼、“遊作”くん? デュエルやらないんだね。精霊がいなかった」

学生でデュエルをしないのは珍しい。そう思ってわらしが口を開けば、ラーイは少しばかり口をつぐんだ。

『……』
「ラーイ? どうしたの?」
『ううん…』

いつもわらしの言うことには何かしら相槌を打つのだが、何故か今は曖昧に返事を濁している。怪訝そうに問えば、ラーイは躊躇いがちに口を開いた。

『さっきの…遊作っていうやつさ』
「ん?」
『たぶん、デュエリストだよ。それも相当実力のある』
「え? でも…」
『デュエルをしない訳じゃないと思う』
「……どういうこと?」

わらしは足を止めてラーイを仰ぎ見た。

「待って。もしも彼がデュエリストだったら、彼とつながりのあるデュエルモンスターズの精霊が、私には見えるはずだよ。ラーイにだって見えなかったんでしょう? だったら、彼はデュエリストじゃない」
『そうなんだけど…あいつからは精霊の気配がした』
「気配?」
『うん。多分、まだちゃんと“つながって”ないんだと思う。だから気配だけがしたんだ』
「……そのカードを持っていないってことなのかな」
『可能性は高いよ』
「うーん」

わらしは少しだけ困惑した。
今まで、デュエルモンスターズの精霊をもたないデュエリストに会ったことはなかったからだ。ラーイに言われても中々信じることはできない。

「…まぁ、ラーイがそう言うなら、きっとそうなんだろうけど」

半信半疑につぶやく。
人間のわらしよりも、精霊のラーイの方が、同じくデュエルモンスターズの精霊との繋がりは深い。
わらしは小さく息を吐いて、再びアパートへの道を歩き出した。

『…残念だね。デュエルをしない友達ができそうだったのに』

後ろからラーイが話しかける。

「別に。友達になれるとは決まった訳じゃないし…デュエルをしないから友達になりたいって思ったわけでもないし」

学年だって違うかもしれないし、と言い訳じみた言葉を繰り返しながら、わらしは強がった。少しだけ、残念な気持ちは本当だったけど。
それよりも、どうしてか彼のことを知っているような気がして、そちらの方が気になった。以前、どこかで会ったことがあっただろうか。

「…今度会ったら話してみてもいいんだけど。実際、次いつ会うかはわからないしね」
『意外とすぐ会えるかもしれないよ?』
「そうだと良いけど」

あまり気にした様子もなく、わらしは帰路につく。

『(…わらしにあんな力がなければ、もっと友達もできたはずなんだけどな)』

速足で前を歩くわらしの後ろ姿を見つめながら、ラーイはすっかり日の暮れた空を仰いだ。



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