大人の恋愛

旭が肩がこったとでも言うように難しい顔をして自分の肩を揉んでいるのを崇は見つけた。なので、ちょっと意地悪をしてやろうという気持ち半分、彼女が気を許すのならばそのままマッサージしてやろうという善意の気持ち半分でそっと背後に忍び寄った。
そしてそっと首の後ろに片手をあてる。途端に旭は短い悲鳴をあげて硬直した。隙だらけで面白いやつ。崇は声を押し殺して笑った。

「ちょ、ちょ、なに!」

彼女もくすぐったさから来る笑いを堪えているのかなんともいえない表情で振り向く。かわいい。崇の頭はそれ一色になった。
いつもその身体に触れるとき、旭は緊張と警戒心に満ちた顔つきだったせいかその顔を見て崇は一気に緩んでしまう。旭が下心に気づかないうちに。そっと正面に回り込んで努めて冷静な声で話しかけた。

「肩凝ってるんだろ、揉んでやる」
「や、や、大丈夫!あはは、やめてよー!そこ擽ったいの!」

身体の距離を詰めつつ、また先ほどと同じところに手を当てる。すると彼女はソファに笑い転げた。上手くいったとばかりに男は女の脇腹に手を伸ばしつつ身体を押し倒した。

「ほら、マッサージだ。じっとしてろアサヒ」
「やー!ほんとだめー!っひ、あはは、脇腹だめなんだって!はは、もー!マッサージとか言って!へんたいジジィみたいな!ふは」
「誰が変態ジジイだって?」

彼女の抵抗なんて赤子の手をひねるようなものだ。両手をまとめあげて頭上に持っていくと可哀想な彼女はようやく自分の状態に気がついて顔を引き攣らせた。

「あ、ちょ、タカシ・・・その」

おもしろい。彼が思わず口角を上げるとアサヒはひいと小さく息を飲んだ。ようやく自分の置かれている状況に気がついたのだ。

「ばか」
「だ、だれがばか・・・」

しかしいつもやられてばかりでいるのは、アサヒもしゃくだったので今回ばかりは反撃に出ることにした。意を決して、演技に集中してなるべく動じていないという顔を作る。そして崇の顔を見上げた。あんまり見つめているとのまれてしまいそうで怖かった。
だが今回ばかりは、そうもいかない。いつもとは様子の違う彼女に崇は眉根を寄せた。

「ねえ、やろ」

そんな男の腰に両足を絡める。誘惑するように、じわじわと。
この男だって、健全な男なのだ。女遊びを割と頻繁にしていることを旭は知っていた。自分にその欲望の矛先が向かないことに安心すると共に一抹の嫉妬。
そして彼女のその言葉に今度こそ崇は狼狽えた。表情こそ崩さないが、動きを止めて彼女を見つめ何を思っているのかと思案する。
そんな緩んだ崇の手の中から腕を抜き、片手でそっと彼の頬に触れた。

「ね、タカシ」

気持ちの入っていないセックスが旭は得意だった。少し大袈裟に喘いでおいて目があえば微笑めばいい。一夜限りの関係だって得意だ。翌朝にはいつも通りの関係に元通り。
しかし崇はそうもいかなかった。自分だって女をいいように使うのは慣れていたが彼女をそんな風にはしたくない。
どうせここまで引っ張ったのならば抱くときは恋人として優しく丁寧に抱きたかった。初めてのキスが酷いもので旭の機嫌を損ねるものだったからこそ、次こそは大事に。
だがこんな旭を無碍にするのも出来ず、どうしようもなく崇は自分の頬に触れるその華奢な手に自分の手を重ねた。

「おれはお前に中途半端なことしたくない」
「そんな坊やでもないくせに」

そして旭はあんなキスしておいて、と言いたげな顔で崇を見つめる。あの日家に帰ってからその話は禁忌となっていたがその時初めて二人はそこに踏み込みそうになった。

「子供じゃないからだ。もうあんな中途半端なことしてお前を傷つけたくないんだ、アサヒ。前にも言っただろ、おれはお前を愛してる」
「別に、傷ついてなんか」
「傷ついていた、顔を見ればわかる。もうずっと一緒にいるんだ」

そんなことで傷つくだなんて、それじゃあまるでこっちが生娘のようじゃないかと恥ずかしくなる。一晩だけの色恋に慣れているはずなのに、目の前の男が絡むと全部思い通りにいかなくなった。
それを思うと、崇と対等でいられないことがなんだか悔しくて今度は旭の方から勢いよく唇を重ねた。
崇は驚いてほんの少し顔を離してアサヒ、と小さな声で名前を呼んだ。しかし彼女は逃がさないとでも言うように彼の首に抱きついて再度口づける。下唇を甘噛みして、軽く吸うと舌を入れて男の舌を求める。据え膳食わぬはなんとやら、ここで止めて彼女に恥をかかせるわけにもいかず崇は内心ため息をつきながら控えめに彼女の舌に応えた。
艶かしい女の声が洩れる。硬くなるそれを悟られぬようにそっと自分の腰に絡みつく女の足を解いた。
すると旭は唇を離して、感情を押し殺したような冷たい顔で彼を見つめる。

「こんなことで、傷つかない」
「・・・傷つくことのなにが悪いんだ。おれの前で傷を隠すな、否定するな。認めろ、痛みから逃げるだけじゃ後で悪化するだけだ、アサヒ」
「命令しないでってば!」

崇が見たい旭の顔はそんな顔じゃなかった。だから思わずそう責めるように言ってしまった。すると旭は今度こそ傷ついたような顔をした。しかしそれでいい、とばかりに崇は彼女の額に口付けてその身体を抱きしめる。

「そのままのお前が好きだ」
「・・・結局あなたの思い通りになってムカつく」
「なにを言っているんだ、自覚がないだけでアサヒもさんざんおれのこと振り回してる」

そうか?なんて旭は過去を辿り始めたが途中で面倒くさくなり諦めた。そして
おずおずと男の背中に腕を回す。

「すき、でもこんなの今晩だけね」
「当たり前だ、毎日こんなスキンシップしてたら身体が持たない」
「・・・・・・」

案外デリカシーのない男だと呆れた。そしてそのまま目を閉じると、崇の匂いを胸いっぱいに吸い込んで眠りの世界へと落ちていった。


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