ヤマアラシのジレンマ

顔に憂鬱が出ないように口元を引き締めると隣に立つ男がじとりとわたしを見下ろして普通の顔をしろと文句をつけてきた。普通の顔ですけど?ぶすくれると彼は鼻で笑ってポケットから偽造した身分証を取り出す。
薄暗く汚いエレベーターの中、居心地の悪さに目を伏せた。
事の始まりは数十分前。Gボーイズが総力を追いかけていたとあるろくでなし野郎が女の子を連れてカップル喫茶に入っていった。その報告をしてきたのは男だけで構成された武闘派チーム。報告を受けたこちらにいたのはわたしとキングと数人の男ども。これじゃあ仕方ないね、とわたしは立ち上がった。

「そのお店の前まで送って、わたしと報告してきた子が潜入して・・・」
「おれがクイーンと行く」

そしてキングがわたしの言葉を遮り訳のわからない一言を発して周囲の視線を奪う。
元からいい子に待てが出来ないタイプの王さまだったけど、今回も?言いづらそうにしていた側近に代わって進言した。

「司令塔は待機しててよ」
「狭いところでターゲットと接近するんだ、おれが行く」
「武闘派のあの人たちを信頼してないの?」
「力に関してはしてるさ、だがあいつらを中に送ると咄嗟の細かい指令を出せないだろ」

あーいえばこーいう。何を言っても丸め込まれてしまいそうだ。さっさと諦めて低い声で分かったよと呟いた。
それにしてもセックスしないとはいえ、この男とカップル喫茶?勘弁して欲しい。
こんな時のために用意してあった偽装免許証を受け取るとキングは目的地の近くでさっさと車を下りる。泣きたかった。でも諦めて彼の横に立つ。
自分のペースを保てなくなるこの男の手のひらの中はどうも苦手だった。
元々はこの人の兄が好きだったのに。それも本気で付き合いと胸を焦がしていたわけではなくただの学生時代特有の淡いあこがれだった。しかしその彼は手の届かない遠くへひとり旅立ってしまったし、気がつけば弟で単なる同級生だった彼に目をつけられてそのテリトリーに引きずり込まれてしまっている。

「行くぞ」

エレベーターを降りてそう低くつぶやく男に頷く。その顔は同い年とは思えないほど大人びている。そのくせ時折まるで幼い子供のような、そんな独占欲をわたしに対して露呈させるのだ。
ただのビジネスパートナーなのか好意を持たれているのか全く判断がつかない。しかしただの同級生にも友人にも恋人にも淡白な仕事仲間にもなれないんだ。そんな曖昧な関係がどうももどかしくて嫌いだった。
偽造した身分証を提示して黙々と入店の手続きを行う背中を見つめる。どうしてわたしを傍に置くのかそういえば知らなかった。でも聞いても答えてくれない気がする。ずるい男なのは知っていた。

「ほら、アサヒ」

そして彼が振り返る。何がそんなに楽しいのか鋭い微笑み。ほかの女の子がみたらきっと卒倒する。数年前のわたしだってきっとそうだった。
伸ばされた彼の白い手が薄暗い照明の中で目を引く。わざとらしくわたしの肩を抱いた。普段そんな女の口説き方しないくせに。
でもこちらもわざとらしく赤を引いた口角をあげた。
そして店内に入って周囲をぐるりと見渡す。ターゲットの男を見つける。キングも気がついたのかそっと顔を寄せてきた。

「どの男とやりたい?」

カップル喫茶の客のほとんどはスワッピング目的。反吐が出そう。他人の性癖を否定する気はないけれど堂々と公言できるいい趣味でもないと思った。
それでもわたしもその耳元に唇を寄せて言葉を囁くふりをする。傍から見たらきっと立派な変態カップル。ほかの女の子たちもキングとヤりたいのか品定めをするようなじっとりとまとわりつく視線を寄越してきた。

「ターゲット、あいつ。少し話してからわたしはお手洗いに行くから引き止めておいて。あいつの荷物から携帯引き抜いてくる」

この店の荷物置き場は誰でも荷物が置けるようフルオープンだ。しかも都合のいいことにあいつらの席からは死角。
キングが静かに頷いてターゲットに向かい始めた。目的と目が合うとわたしたちは優しく微笑んだ。
相原 旭でいるよりこんなろくでもない女、クイーンとしての時間の方が長くて気が触れそう。

「こんにちは」

でもそう思いながらも努めて愛想のいい挨拶を投げる。彼らは嬉しそうに近くの席を勧めてくれた。よしよし、好感触。それから幾らかの会話のキャッチボールを交わした。そろそろいいだろう。お手洗い行ってくるね、そう言おうとした。その時だ。

「おふたりは即席カップルじゃなくて、本物ですよね?」

そんな質問に思わず言葉は引っ込んでしまった。そして思わず聞き返す。

「即席?」
「ここに来るためだけに出会い系でひっかけただけのカップルじゃなくて、本物のカップルかってことですよ。多いんですよね、そういうカップル。でもわたしたちはせっかくならそんなふたりとよりは真性カップルとスワップしたくて」

いや、それならわたしたちは即席だけど。しかしこの場合そう言うよりは真性ってことにしておいた方がいいだろう。キングもそうだったらしく同じことを口にした。

「高校からの付き合いですよ」

でもその返事が生々しくてちょっとびっくりした。わたしとキングが高校生カップル?なんかイヤだった。やっぱりわたしとこの男と釣り合わない。

「いいですね、彼氏さんは彼女のどこに惚れたんですか?」

しかしターゲットは上機嫌に言葉を続ける。そんな気になることを聞かれたら次の行動に移すに移せなかった。どうなの?とわたしも視線をキングに向ける。四面楚歌、安藤 崇。ざまあみろ。だから車で待ってればよかったのに。だけど彼は涼やかな顔でスムーズに返事をした。

「彼女になら弱みを見せてもいいと思ったから。どうしても傍にいて欲しかった」

何、どういうこと?しかし続きを聞く前にキングが早く行けとばかりに冷ややかな視線を送ってきたのでわたしは仕方なく立ち上がった。しょうがない、仕事をするか。
わたしになら弱みを見せてもいいと言い放った男はいつもと同じ隙のない氷の視線でわたしを見送る。ほんとうにそうおもっているのかなあ。ますます訳が分からなくてむしゃくしゃとした。


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