不器用なのもいい加減にして
「体調どう?」
花束とフルーツを両手いっぱいに抱えながらアサヒがやってきてそう言った。順調、小さな声で返すと彼女はほっとしたように笑う。
「もう眠れない夜はこりごり」
彼女には酷く心配をかけたと思う。それに大事な彼女を傷つけられるのが嫌で、人目に触れないところに軟禁状態を続けていたことも反省している。自分の力不足なせいで、随分と彼女には迷惑をかけてしまった。
でもそう言えば、アサヒは困ったように笑いながらキングのせいじゃないのにそんなこと言わないでと言うんだ。
亡き兄がこの池袋の王だったなら、もう少しスマートにこの戦争を解決出来たんじゃないかなとも思う。
タケルと、マコトのふたりで。引っ込み思案なおれは街を歩くのを恐れて、出歩くのを控えただろうか。いまそこで、花瓶に花を生けているアサヒは本来ならば今この瞬間なにをしていたのだろう。
自分の横にたっているアサヒ以外の姿を全く想像出来ない自分は、大層なエゴイストだと思った。
「ともかく、キングが生きていて、元気でいてくれればそれでいい。貴方じゃないとこの街は護れない」
そして彼女はそうクイーンとしての言葉を紡ぐ。
名前も呼び合わないふたり。アサヒよりも相原さんなんて他人行儀な呼び方の方がまだ口に馴染む、近くて遠い場所にいる女。
こちらから近づこうともしないのに、相原 旭から安藤 崇への見舞いの言葉を欲しがるのは少し贅沢がすぎるのだろうか。気になったがやっぱり聞けなかった。
もう少し素を見せてくれてもいいのに、与えた役割をおれの目の前で完璧に演じるアサヒが頼もしくもあり、少し憎たらしく思えた。
「あっ、そうだ。キング、りんご食べる?マコトがくれたよ」
そして花瓶を枕元のテーブルに置くと彼女がひょいと包丁と赤く熟れて甘い匂いを放つ果物を手にそう尋ねてきた。
「食べる」
そう答えると彼女はわかったと持ち前のふんわりした笑顔で返事をしてするすると皮を剥き始めた。家事とかやらなそうだから少し意外だ。もう少し不器用かと思っていた。
「うまいんだな」
「いくつから果物の皮剥いてると思ってるの?お隣の果物屋さんがあるおかげてで小さな頃からフルーツ三昧よ」
わたしもマコトも肌荒れしたことないわと本当か嘘か分からない冗談まで口にする。
おれだって、小さい頃から家事してたんだぞ。貸してみろ、というと彼女は意外そうな顔でそっと剥きかけのりんごと包丁を手渡してきた。受け取る時、微かに指先が触れる。盗み見た彼女の頬の赤みは血の色なのかチークなのかさっぱり検討がつかなかった。
久しぶりにもった包丁の感触を確かめて、りんごを切った。アサヒが意外、と小さく呟いた。その皮のついたままの1片のりんごの皮を1部切り落としてうさぎにしてやる。
「アサヒ、あーん」
「あーん?」
そしてうさぎを見て目を丸くしているアサヒの口の中にうさぎを放り込んだ。
かわいい、おもしろい。順応なアサヒを見るのが楽しくて次々にりんごを剥いては口の中に放り込む。
「ちょっと、ストップ!キングへのお見舞いだったのに!」
そして3匹目のうさぎが咥内に消えたとき、アサヒがもごもごと抗議の声を上げた。
「悪い、かわいいから」
すると今度こそアサヒの頬がぶわりと真っ赤に染まった。小さな手をぎゅっと膝の上で握って目を白黒させている。
「な、何の話!」
「ペットみたいだなって話、よく言われないか」
「言われない!」
アサヒが顔を真っ赤にしたまま立ち上がる。ジュース買ってくる!そう叫んで財布だけ手に持つと病院だというのにばたばたと走り去りながら消えていく。騒がしいやつだな。それを見送っていると、隣のカーテンの中からくつくつと笑い声。
「なんだ、シゲル」
「キングって意地悪ですね、それでクイーンと付き合ってないんでしょう?」
カーテンが開いて眉を下げて笑うシゲルが顔を出した。
意地悪しようと思ったんじゃなくて、歩み寄ろうと思っただけなのにな。唐突すぎたかもしれない。こう言えばマコトに殴られるかもしれないが、あまり自分から仕掛けたことがないので少し戸惑っただけだ。
まあいいさ、こんな大きな戦争があったあとでもアサヒは変わらずおれの傍で復帰を待ってくれている。だからあとは少しずつ、時間をかけてその気にさせればいいんだ。
シゲルの言葉に曖昧に返事をしながら、そう思った。
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