「大丈夫ですか!」
「ああ、どうしよう!妹が!妹が!」
茂みの奥で見つけた男の人に駆け寄った。ムーミンにそっくりな体つきだが前髪があり眼鏡を掛けていた。
この男がスナフキンの話に出てきた科学者のスノークだろうか。彼は酷く疲弊した顔つきで前を指さす。そこではかわいい女の子が巨大な食虫植物に食べられそうになっていた。
どうしたものか、思案していると後ろから走り寄る音がして振り向くと焦ったムーミンがスノークらしき男の尻尾を引っ張った。
「危ないよ君!もっと離れるんだフローレン!」
「違う違う!フローレンはあっち」
当然のごとくそう否定した男は再度あの食虫植物を指差す。フローレンは触手に巻き付かれいまにも食べられそう。
「ぼくの妹が食べられちゃう。助けてください!」
「よし、いま助けてやるぞ!」
「待って!ムーミン、危ないわ!」
しかし伸ばした手は駆け出したムーミンの尻尾を掠めただけで彼を捕まえることが出来なかった。
そこへスナフキンも到着してムーミンを見守る。
「安心してフローレン、僕が来たからにはこいつらの勝手にはさせないよ」
勇敢なムーミンは食虫植物の中に飛び込んでフローレンに絡みつくツタをはぎとった。すごい。
「こいつらは、アンゴスツーラだ」
「なんだって?」
「虫を食べて生きてる植物だよ」
「ぼくの妹は虫じゃない!いますぐ離せ!」
「アンゴスツーラ!ふたりを食べても不味いと思うからやめてー!」
「ぼくの妹が不味いだって!」
「おいしいよって勧めてどうするのよ!」
気が動転してるのかこの学者の男はなぜかわたしに突っかかってきた。スナフキンはまあまあと彼を宥めて少し考え込む。
「よし、いい考えがある!」
そしてそう言ったかと思うとムーミンが格闘している傍まで走り寄りスナフキンが叫んだ。
「やーい!このボロ雑巾みたいなアンゴスツーラめ!聞いてるのか?腐れネズミめ!お前はシラミの卵だー!」
「す、スナフキン?」
そして、口から出るのは驚くほど語彙の豊かな罵詈雑言。どうしたのか、この男。しかも当然アンゴスツーラには効かないようでいまにもムーミンとフローレンを飲み込んでしまいそう。
「それのどこがいい考えなの?」
「こいつを怒らせてムーミンから気をそらせるんだ。君たちもなにか酷いこと言ってやれ」
「っと・・・ばか!ばか!ばかばかばかばか!お前はばかだぞー!」
一方スナフキンに唆されて悪口を考えたスノークの口から出た言葉は驚くほど簡単で彼の普段の人の良さが感じられた。同時にあんな悪口が出てくるスナフキンの腹の底を思うと半歩後ずさりしてしまう。
「ほら、レディも」
「えぇ・・・このおデブさん!あんぽんたん!」
こんなんでいいのか、頷くスナフキンの横で出てくる限りの悪口を言ってみた。スノークも調子がでてきたようだ。
「マンゴースチューのばかめ!」
「アンゴスツーラ」
「ばか!まぬけ!ばか!腰抜け!」
そしてスナフキンも悪口をまた言い始める。
「やーい!アンゴスツーラのヘナチョコ野郎め、お前は昼寝してる豚の夢みたいな情けないやつだぞー!」
「ばか!ばか!」
「あほ!あほ!」
当然わたし達の悪口はスナフキンに到底及ばなかった。しかし彼のおかげでアンゴスツーラはムーミンたちよりこちらを気にし始める。それに乗じて3人でさらに挑発した。
「やーいやーい、悔しかったらぼくを捕まえてみろ!」
「お前なんて全然怖くないぞ!」
「あっかんべー、ぶーだ」
すると作戦通りにツタはこちらに向かって伸び始める。よしよし。わたし達3人は後ずさりながらそれを引き寄せる。
「へへーんだ、カエルのへそめ!」
「そんなものないない!」
「象の鼻くそめ!」
「きたないきたない」
ムーミンとフローレンは逃げようとした。しかしフローレンの尻尾がアンゴスツーラに引っかかっているようでもたもたしている。どこまでこの茶番が通用するだろうか。悪口を言いながらアンゴスツーラを引き寄せつつも冷や汗が頬を伝った。
「あたしに任せなさーい!」
そこへ救世主の声。ようやく追いついたらしいミイとスニフの声が聞こえ、勇敢で強い彼女はがぶりとフローレンの尻尾がに絡みつくツタを噛み切ってしまった。
「やった、スナフキン!」
「ああ!」
とりあえず全員無事に解放された。よしよし、しかし血気盛んなミイが不満そうにうねるアンゴスツーラを見て後悔させてやるわと飛びついた。
スニフはミイの後ろでもう今回の旅で聞き飽きてしまった悲鳴をあげている。まだロープで繋がっているのね。
「ムーミン!パス!」
そしてスナフキンがムーミンに折りたたみナイフを投げた。それを受け取ると彼はミイを襲うツタを切り落としてしまった。すごい。パパとママがみたらきっと息子の成長ぶりに感動するだろう。
そして2人は次々にツタを切り落としていく。
「素敵よー!ムーミン!」
「ミイ強いわ!素敵ー!」
わたしとフローレンの黄色い歓声。それに対してムーミンがキザったらしくお辞儀をして応えてくれた。
「もうその辺でいいよ、ムーミン」
そしてスナフキンがそう言って、わたし達が拍手で彼らを賞賛する頃にはすっかり凶悪なツタは減り1本だけになっている。
「よし、じゃあこれで終わりだ。いいな、今度悪いことをしたら絶対に許さない、わかったな」
そして最後にムーミンがそう言うとアンゴスツーラはわかったと言わんばかりに項垂れてみせたのだった。
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