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胸の祭壇


ガシャン、とバイポッドを展開させ接地する。
手動装填式の狙撃銃だなんてロマンチックなもの、よく持っていたなと。先日商談に応じてくれたフリーランスの女性のことを考えながら、弾を装填していく。

もうとっぷりと夜は更けている。
今やこの街の灯りとなるものは真っ黒な空にちらつく星の光か、申し訳程度に街のあちこちにぼんやりと光るオイルランプの街灯のみ。
眠る人々にとっては、今日は心地よい夜空だろうけれど。今からこの空を相手に立ち回る身としては、あまり良好な視界とはいえない。
念のためと暗視スコープも買い取っておいてよかった、と胸を撫でおろしながら夜空を見上げる。
標的の使い魔はこちらに気付かないまま、悠々と夜空の散歩を堪能するように街の上空を旋回していた。

寒いな、と指先をこする。
シギショアラは基本年間を通して、夜間の気温が10°近くなのがザラだ。
修道服程度では心もとないと上着を着込んできたけれど、それでも銃身を支える指の先が空気と同化していくかのように、ひやりとつめたい。

「…本当に、寒い」
「ならばさっさと終わらせろ」

あたたかさを逃がさぬようにと縮こまる私とは対照的に、闇夜に姿を消していたアサシンさんが胸元を開けた真っ黒いドレス姿で、影からふわりと現れる。
嫌なら帰っていいのに、と思ったものの。不用意に口にして殺されたくはないので、そっと押し黙る。
胸の内で無礼なことを考えている気配を感じとったのか、はたまた何も返してこない私がつまらないとでも思ったのか。チッ、と女帝らしかぬ舌打ちをこぼし不機嫌さをあらわにする。
けれど、苛立ちを抱えながらもアサシンさんは帰ろうとはせず、大人しく背後に控える。女帝といえどもやはりサーヴァントなのだなと、すこし感心してしまった。
まあ、でも。彼女が怒るのも無理はない。こんな事になってしまった原因は、私にあるのだから。

「…しっかりやんなきゃ」

心配そうに送り出してくれたシロウさんのことを、思い浮かべる。
私を信じてくれたシロウさんのためにも。ちゃんと、自分ともう一度向き合わなきゃ。


――――


「お手伝い、ですか」
「はい」

向き合うシロウさんの表情は、予想通りあまり芳しい反応ではなかった。
当然だろう。今までシロウさんは積極的に私に関与させないようとしてこなかった。その上こんな物騒なものを持っているなんて、教えたことなどなかったのだから。いい顔をしないことなど、最初から分かっていた。

「それは、なまえさんの物ですか」
「はい」
「…どうしてそれを扱えるのか、お教えいただけますか」
「……それは、お答えできません」

拒否を唱える私の答えに、シロウさんは少し目を伏せてなにか考えを巡らせると。彼はアサシンさんにすこし席を外していただけますか、とお願いした。
彼女は険しい顔つきで私を一度睨み、小さくわかった、と言って霊体化して消え。部屋には、私とシロウさんのふたりだけになる。

シロウさんはゆっくりと窓辺からこちらへ歩み寄ると、私の手をやさしく取り、銃を取り上げた。

「私は、あなたに危険なことをしてほしくて、こちらに連れて来たのではありません」
「でも私も、なにかしたいんです。そんな大層なことは出来ないですが、使い魔程度なら私だって、」
「だとしても、ダメです。なまえさんは、何もなさらなくていいんです。…ですから、どうか」

お願いだから言うこと聞いてください、と。やさしく手を握られるが、いつもより語気が強く、私のことを心配しているのが伝わってくる。
その優しさに、いつものように思わず頷いてしまいそうになる。でも、ここで頷けば。私はまた、あの気持ちで窓辺を眺めることになる。

私一人だけが、置いてけぼりのまま。あの二人の姿を、遠くから。

私はそのやさしい手を解き「嫌です」ときっぱりと告げた。
シロウさんは少し驚いたように、目を見開く。今までシロウさんに、ここまで意地を通したことはなかった。こんなに突っぱねる私を見るのは、初めてだろう。
でも、私は。ずっとシロウさんの傍に、いたい。
そのために、せめて自分に出来ることくらいは、なにかしたい。隣にいてもいいんだと、思えるように。
そのためなら、私はもう一度これを使っても、構わない。

「…お願いです。自分の魔力で、魔術は使いません。絶対、失敗はしませんから。このまま何もしないままでいるなんて…そんなの、嫌なんです。だから…」

お願いします、と。もう一度、先ほどよりも毅然とした態度で申し出る。
シロウさんは困ったように眉を顰め、私の目を見つめる。どうしても聞き入れてはくれないのかと、そんな風に言ってるかのように。
けれど、私の意思が硬いと分かると。長い沈黙のあと、シロウさんが仕方ありませんね、とため息をついた。

「こんなに頑固ななまえさんは、初めてです」
「…じゃあ、」
「……ええ、許可しましょう」

ただし。と、喜び跳ね上がりそうな私を諫める。

「ただし、こういったことは今後これっきりとお約束してください」
「ど、どうしてもですか…?」
「どうしても。やはりなまえさんがそういった物を扱うことは歓心しません。今回限りです。よろしいですね?」
「…わかり、ました。…ちなみに、破るとどうなりますか」

おそるおそる。ないとは思うけれども、万が一ということもある。
一応念のためと、聞いてみれば。シロウさんはゆるゆると目を細めて「さあ。どうしましょうか」と意味深に言って黙ってしまうので、さっと顔を青ざめ発言を撤回した。

くすくす笑うと、ではお願いします、と。シロウさんは取り上げていた銃を私に返し、こつん、と。私の額に自分の額を重ねた。

「…どうしても、これのことはお教えいただけないのですか」
「…ごめんなさい」

出来ればその話しは、したくない。
探られるのを承知で言い出したとはいえ。あんな、人を人と思わずにしてきた、馬鹿な頃の私の話しを、もし打ち明けて。拒絶されたら、嫌悪されたらと考えると、怖くてたまらない。
他の誰に嫌われても構わない。そんなの、慣れっこだから。でも、シロウさんにだけは…嫌われたくない。

怯えて押し黙った私の手を、シロウさんの手がゆっくりと触れ。指先を絡めるように繋がれる。
すみません、と。いつものように。やわらかく、やさしく目を細めて。シロウさんが私に笑いかけた。

「話したくないなら、無理強いはしません。いつかなまえさんが私に話してもいいと、思っていただけた時で。…でも私は。前にもお伝えした通り、今のなまえさんしか知りません。貴女を救うと決めた時から…なにがあっても貴女の傍にいると、決めました。だから、怖がらなくていいのですよ。私は、離れて行きませんから。…それだけは、分かってください」

だから、大丈夫と。シロウさんが笑った。

シロウさんは繋いだ手をやさしく引いて、強張る私の体をそっと包み込んでくれる。
いままで何度も包んでくれたその腕は、いつもと変わらないはずなのに。いつもよりもあたたかく感じて。
こんなにも、不確かな言葉とぬくもりなのに。私を信じてくれるシロウさんに、不誠実な態度をとったのに。そのやさしさが嬉しくて。私を信じてくれるシロウさんに、いつか。ちゃんと、報いれたらと。
まだ胸の奥にある小さな勇気が、やがて大きくなってくれることを願った。

大きく息を吸い、ゆるゆると吐いて。掠れそうになる喉に力を込める。

「…あと、少しだけ。ほんの少しだけ、勇気が出たら。きっとお伝え出来ると思います…だから…まだ、待ってていただけますか」
「…はい」

ありがとうございます、と伝えれば。シロウさんが待つのは得意ですから、と。
またやさしく、ふわりと笑ってみせた。


――――


お気をつけて、と言って送り出してくれたシロウさんに手を振って。夜のシギショアラの街へと降りた。

道中はアサシンさんの『気配遮断』のスキルと、回路を持たないおかげで使い魔に悟られることなく。暗闇に潜みながら時計塔へ到着することが出来たけれど。私に同行するようにと命じられたアサシンさんの機嫌は、かなり悪かった。
シロウさんにぶつぶつ言いながらもなんとか同行に応じてくれたけれど、今も後ろで不機嫌なオーラを振りまくものだから、心臓に響いてしょうがない。

せめて少しでも早く、無事に終わらせようと。
組み上げた狙撃銃に取り付けた暗視スコープを覗きこみ、使い魔を視界に捉える。

「…飛行型のゴーレムですか」

なるほど。そういえばゴーレム使いがあちらの陣営にいたんだっけか。
使い魔として使う魔術師は、初めてだな。と、少し感心しながら注意深く見る。

一つ目のゴーレム。おそらくあの目を潰せば、沈黙化できるだろう。
目標はこの時計塔から約700m上空。風速6.3m/sから8.5m/s辺り。対してこの銃の射程は約800mで、初速850m/s。
着弾位置を誤差を15cm以内に収めるのであれば、風が少し厄介だ。久々なのだから、慎重に行かないと。

銃を握り直し、深く息をつく。
こうして銃と向き合っていると、忘れかけていた、心がゆっくりしんと静かになっていく感覚が蘇る。
いつももこうしてざわついた心を静めて、静かに引き金を引いていたなと。あの日々が脳裏をかすめた。
血に汚れ、血まみれの手でぐしゃりとそれをえぐって。そのたびに胸がきしきしと小さなヒビが軋んでいながらも、ずっと繰り返していた。あのことを。
でも、違う、これは。あの頃と違う。これは、怨嗟のためにもう一度握ったわけではない。もう、あんなことはしない。

使い魔が狙撃に最適な位置へと旋回してくる。
高まっていく心臓を深く深く呼吸することで抑えながら、ゆっくりと引き金に深く指を掛ける。ゆっくり、ゆっくり。
やがて絶好の場所に到達した瞬間、ためらわず引いた。
弾は狙い通り目標の目に貫通し、使い魔は途端動力を失い地上へと落下。
静かな夜にどしゃり、と地面を叩く音が時計塔にも響いてきて、耳をそばだててしばし反応を伺う。いつまで待っても無音が続き、起き上がってこないことを確認出来ると、ようやく安堵の息を吐いた。

「はあ…よかった…」

無事に、終わった。
ずるずると力なく地面に座り込み、深く呼吸する。ブランクがあるせいで時間が掛かってしまったが、なんとか終えることが出来た。
大丈夫、平常心で撃てた。あの頃のように怒りに飲まれることなく。

すっかり安心しきっている私に、控えていたアサシンさんが憎々しげにつまらぬ、とこぼした。

「愉快なものでも見れれば、我をこのような扱いをしたこと見逃してやろうかと思ったが…なにもなかったな」
「ただの使い魔ですし、それはそうですよ」
「違う。お前のことだ、女」

初めて会話ができていると喜ぶ私とは対照的に、ここに来ると分かった時よりも腹立たしそうに低く唸るアサシンさんに、首を捻る。

今の流れのどこに、彼女を怒らせる要素があっただろうか。
もしや時間が掛かって待たせてしまったことだろうか。と、思い当たらず考え込む私に、アサシンさんは切れ長の美しい目を細めた。

「少しもお前は、見せなかったな」
「…なにが、ですか?」
「とぼけるな。撃つ時、あれだけ薄汚れた目をしておきながら。少しも醜悪さを表に出さなかったなと、我は言っておるのだ」

どきりと心臓が脈打つ。私は、少しも彼女に話していない筈なのに。
硬直する私に、彼女は「ずいぶんと低く見られたものだな」と嘲笑した。

「忘れてはおらぬか。我は、アサシンだ。人類最古の毒殺者にして、アッシリアの女帝。お前ごときつまらぬ女の虚勢を見落とすほど、我は傲慢で人が見えていないと思ったか?」

彼女の言葉に、ようやく自分の浅はかさに気づき、額に手を打って項垂れる。

彼女は英知を備えた女帝だ。ことそういった事には人一倍"聡い"のだ。
私がいくらあの頃の感情を思い起こさぬよう抑えていても、その手の空気には敏感で感づかれてしまうことなど、少し考えればわかる筈だったのに。
しまったと肩を落とす私など視界に入っていないのか、苛立ちを見せながらアサシンさんは退屈そうに自分の爪眺める。

「腕は決して褒められたものではない…が、魔力を感知されずに標的に近づくことにおいては、お前ほど魔術師を殺すことに長けているものはおらぬだろうよ。なにせどこをどう視ても普通の人間だ。その腹に抱えた怒りさえ抑え込めれば、これほど適任はいまい」
「…そんな、風に褒められても…うれしくないです」
「誰が貴様ごときに賛辞など述べるか。呆れておるのだ」

それだけ薄汚れていながらも、清廉潔白でいようと悪足掻きする様は、醜悪だと。アサシンさんは吐き捨てるように言った。
本当によく分かっていらっしゃると、苦々しく笑うしかない。
寒空の下、優雅にドレスを翻し私に背を向けながらつまらぬ、と。もう一度アサシンさんは退屈そうに呟いた。

「もっと過去を追想して取り乱すか、激情に駆られる様が見られれば…余興として楽しめたものを」
「人を見世物のように言いますね」
「はっ、お前はそれ以下だ。…それゆえに」

嘲笑いながら、肩越しに振り返る。
彼女の纏う空気が変わっていく。
暗い影のように黒く、おぞましい怨恨の念。

下ろしていた腰を立ち上げ、真っ直ぐ彼女を見据えれば。くく、と美しい美貌を歪め「鈍感のくせに、悪意には敏感だな」とこぼした。

「…我は、お前が殺したいほど。嫌いだ」
「………そうですか」

決定的な拒絶の言葉を吐かれる。
最初からそんなこと知っていた。鈍器で殴られるほどの痛烈な衝撃もない。
こんなの、慣れてる。慣れてる、けれども。やはりこうして、嫌われることを改めて思い知ると。
悲しくて、胸が痛い。

消沈する私を、アサシンは鼻で一蹴した。

「せいぜい、無様に取り繕うがいい。いずれ衆目に晒して、マスターに見限られぬといいな」

そうして彼女はまた影に溶けるように霊体化して、消えた。