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サクラメント

あたえられない


「階段が多いので、ゆっくりで構いませんから。足元気を付けてくださいね」
「ありがとうございます」

慣れぬ修道服に戸惑いつつ、手を差し伸べてくれるシロウさんに見守られながら手をとり、天蓋つきの階段をゆっくりとのぼる。
丘の上に位置する教会への道のりは長く。階段を少しずつのぼっても、シロウさんならともかく私だとなかなか着きそうにないほどで、このまま日が暮れてしまわぬかと心配さえしてしまう。

なにもこんなところに建てなくても、と上がる息を吐きながら心中ぼやくと「こうも道のりが長いと、参りますね」と私の顔色を見てシロウさんもぽつりと呼応する。

「なまえさん。少しだけ、待っていただけますか」

中腹まで差し掛かった時。
階段の隅に腰かけて待っているよう言い残すと、二人分の荷物を詰め込んだキャリーを持ってシロウさんが軽やかにのぼって行ってしまった。
シロウさんが元々サーヴァントだからなのか、それとも普通の人もこれくらいのぼれてしまうのだろうか。
虚弱な体になってしまった私では、比較しようにも難しい話しなのだけれど。

さすがだなぁ、なんて。シロウさんが消えていった方向をなんとなしにぼんやり見つめながら、大人しく待つことにする。

――もうじき、シロウさんが望んでいた聖杯戦争が始まる。

亜種聖杯戦争のような、小さく偽の聖杯ではない。
ユグドミレニア一族による、魔術協会からの独立宣言と共に告げられた、本物の『冬木の』聖杯をかけた、七騎対七騎による大規模な戦争。

魔術協会と聖堂協会は一時協力関係を結ぶことになり、魔術協会からは六人のマスターを選出。聖堂協会からは、シロウさんが選ばれた。
もちろんそれは、意図的によるもの。
聖堂協会の方々は自らシロウさんを選んだと思い込んでいるようだけれど、もし彼の目的が明るみに出たら十中八九責任のなすりつけあいに発展するだろう。シロウさんからすれば、知った事ではないことだけれども。

そうして、シロウさんがマスターに選ばれたことで冬木を離れることになり。
戦地となるここ、ルーマニアへと渡り。聖堂協会が指定した拠点地となるシギショアラの教会へと訪れて、冒頭に至る。というわけである。

愚鈍な体をおしてここまで来るのは厳しかったけれど、この地の霊脈と相性がよかったおかげで今は幾分か楽になった。
道中何度も倒れそうにはなったが、周りから怪しまれないために恥を忍んでシスターに変装してついて来た甲斐があるというものだ。
…いや、ホントは着る必要なかったけれども。
潜入といえばシスター服ですよね、と。どこで得た知識なのか知らないが、意気揚々と用意したシロウさんに無理やり着せられただけだけれども。


肩を落としてため息をついていると、荷物を置いて来たのか何も持たぬ姿でシロウさんが帰ってきたので、回復した体を立ち上げる。

「お待たせしました。なまえさん、私の首に手を回していただけますか」
「……えっ、い、いや!大丈夫ですよこれぐらい!のぼれますから!」
「ここまでのぼればもう人の目はありませんから、大丈夫ですよ」

会話になっていない。
シロウさんの、もう決めましたからという顔つきに一度は後ずさったものの。こういう時、聞き入れてもらえたことは今までない。
諦めたように肩を落とし、渋々シロウさんの肩に腕を回す。
満足げにやわらかく微笑むと、私の肩と膝裏に手を回して抱き上げ、そのまま階段をのぼり始めた。つま先が、ゆらゆらと動きに合わせて揺れる。
すり、と私の頭にシロウさんが頬をよせ、包まれるようなあたたかい感触に。彼に見えないよう、ほんの少し頬をゆるませた。

階段を登り切ると、大きな協会の前へとたどり着く。
聖堂協会が指定した拠点地は、冬木の教会に勝るとも劣らない立派な教会で。山の下にはシギショアラの新市街地と呼ばれる街並みが一望出来、わぁと思わず目を見張る。

ゆっくりとシロウさんに下してもらい、浮足立つままに大きな扉を開ける。
天井高くまで光が差し込む大きな窓に、古びていても綺麗に保たれているベンチや装飾の数々。
アンティークとも言っても差し支えないほど美しく鎮座しており、冬木の退廃的な美しさとはまた違った良さがあった。

忙しなく天井を見上げていると、シロウさんが隣に立つ。

「ひとまず、しばらくはこちらが我々の拠点になります。くれぐれも、お一人で町におりないようにお願いします。日本と治安が違うのですから」
「わかってます。時計塔にもいたことあるんですから、それぐらいのことは…」
「絶対に、守ってくださいね。…特に、夜は」

念押しのように強く言いつけられ、苦笑し肩をすくめる。
とうの昔に、もう目に見えた傷も。見えない傷もすべて癒えたというに。シロウさんはいまだにあの夜のこと気にされている。

私はあの日、暴漢に乱暴されかけた。
服を剥がれ、体中をべたべたと汚らしい手でまさぐられ。
遠ざかる意識の中、過去に私を拒絶してきた魔術師たちに似た下卑た笑い声が頭に響いてきた。
助けてと願っても、助けを呼べる名などなくて。助けを呼べるような出来た人間ではないことを思い出して、絶望し。それでも、抗った。

必死に恐怖を押し殺して振り絞った力で暴漢の急所を殴り、うずくまる男からなんとか逃れることが出来たけれど。予想以上にボロボロにされてしまい、このことはシロウさんに内緒にしないと…と考えながらあの教会へと帰って。
運悪く、見つかってしまった。

あれは、あれだけ心配してくれたシロウさんの言葉を、私が無下にした報いだと思っている。
でもシロウさんは、それを自分のせいだと思い込んでいる。

確かに乱暴こそされたものの。間一髪、未遂で済んだことだし。
あれは私の自業自得と何度も言っているけれど、聞き入れてはくれない。

もしあの時私が、差し伸べてくれたシロウさんの手を。私のせいで汚れてしまうと、咄嗟に振り払ってしまわなければ。私が安堵から泣きわめいてしまわなければ。彼は、ここまで私を背負いこもうとはしなかっただろうか。
あんな慰さめるような形ではなく、もっと幸せな形で彼と寄り添い抱かれる未来があったのではないのだろうかと。
そんな、意味もない仮定を何度も考えてしまう。

「なまえさん」
「ん、はい?」

ふいに腰を抱き寄せられ、シロウさんの手が頬に触れると、唇を奪われる。
早急に舌を絡め取られ、優しくも強引な口付けにはふ、と息がこぼれた。
唇を通して渡される魔力が体に染みていき、甘く痺れてふらつきそうになる。
足に力をいれ、シロウさんの胸元をぎゅっと掴むと、薄く目を開けた先でシロウさんが笑っていた。
必死に受け取る私の体を支えるように、優しくシロウさんが抱き締め。
そうして動いた分の魔力の供給が終わると、唇に優しくちゅ、と一つ落とし。シロウさんがゆるく目を細める。

「は…っは…」
「…今日はやることがありますので。続きは、また夜に」

活性化していく体で脈打つ胸をおさえながら、頻繁に魔力供給しなくても大丈夫なのに、とか。
急にするのはやめてほしいのに、と文句を言おうと思っていても。唇のすぐ先で囁くシロウさんの声を聞いてしまったら、何も言えずいつも自然と頷いてしまう。

満足げに額にも口付けを落とすと、シロウさんは私を寝室へ連れて行き、休んでおくよう言いつけてさっさと行ってしまった。
多分、同陣営への連絡や、明日の召喚のための準備とかだろう。

とくとくと、いまだ冷めやらぬ胸の鼓動に耳を傾けながらベッドに横たわる。
何度口づけをかわし、肌を重ねても。シロウさんに与えられていると思うと、少しも胸の鼓動が落ち着くことはない。


出会ったばかりの頃は、互いに領域を侵さないように過ごしていたけれど。
それがあの夜を境に。まだ開いてはいけなかったのに、心を開いてしまった。
そうすることで、もう戻れはしないと。
このまま、行き着く先まで行かなければ、止まることはないと。分かっていながら。

ーー私は、彼の傍にいたい。
彼のしていることはきっと、多くの人が間違いだと言うだろう。
私もその願いに賛同しているかと言われれば、首を縦にも横にも振れないし、役に立てるかどうかも定かではない。
でも彼のやろうとしていることの一端に、私も含まれている。救わなくていいと、どんなに止めても。私の言葉は、彼には届かない。

だから。もう、止まることが出来ないのなら。
せめて、行けるところまで。私はあの人を見守ろう、と。

窓の外は、皮肉なほど澄み渡った爽やかな青空が見え。
これからこの地で起きる争いなど、知らないとばかりのその晴天に。

この空だけは、なにも変わらないでいてほしいと。
そんな滑稽なことを、考えてしまった。