第四次忍界大戦の終戦から半年と少し経った頃、五代目火影である綱手様は火影の座を私に譲った。 きっと、今までの木ノ葉の歴史の中で最も大変な時代を率いたあの人を、私は素直に尊敬している。 あの大きな背中を持つ人が私に引き継いでもかまわないと思ってくれたのなら、その期待に、想いに、精一杯答えなければならない。 また、これからは里長として、そして一人の忍として、今までより強い想いで木ノ葉隠れの里を支え、守っていかなければならない。 先代火影たちに並んで新たに立つ私の顔岩に誓い、木ノ葉隠れの火影の名に恥じぬように、誠心誠意努めなければならない。 ――のに。 「だァっ!!なんでこんなにデスクワークばっかなのー!!!」 見上げるのも恐ろしいほどうず高く積み上げられた書類を前に早くも心が折れそうになる、木ノ葉隠れの里、六代目火影――ナツハ 「しょうがないでしょ。おまえは火影なんだから」 そんなナツハに呆れ顔をするのは、彼女の恋人にして側近兼相談役の、里一番のエリート忍者――はたけカカシ 「でもさ、でもさ!こんなに書類ばっかに囲まれてたらいい加減頭がどうにかなっちゃいそうだよ!それにもう一ヵ月も家に帰ってないし!!…あぁ。おうちのふかふかのベッドで時間も仕事も忘れて泥のように眠りたい…」 「はいはい。それなら早くこれ、終わらせちゃおうね」 そう言ってカカシは、どこから持ってきたのか分厚い書類の束を、すでにめいっぱい敷き詰められている彼女の執務机にドカン、と置いた。 「……ちょっと休憩しない?」 「だーめ。ほら、早くこれ終わらせないと余計家に帰れなくなるよ」 「むー」 潤んだ瞳で上目遣いをするナツハにぴしゃりと言い放ったカカシは、そばにある自分のデスクに向かい書類を読み始めた。そんな恋人に諦めたナツハは、「カカシってば本当に最近めっぽう鬼だ、鬼畜だ」などとぶつくさ言いながら書類に判を押し始める。 ナツハが六代目火影に就任して、早三年。 元来肉体労働派の彼女にしてはよく我慢したものだとも思うが、いい加減毎日とどまることのない書類仕事に嫌気がさしているのも事実。 そんな折、彼女の脳内にとあることがひらめいた。 「そうだ!いいこと思いついちゃった!」 「…なに」 「ぐふふ。なーいしょ!」 振り返って訝しげに眉を寄せるカカシを無視したナツハは、口寄せした一羽の忍鳥をある男に飛ばした。 それから十分後、男は二人の前に現れた。 「呼んだか?ナツハの姉ちゃん」 「や、ナルト!わざわざごめんねぇ」 現れたのは、先の大戦を終戦に導き、忍界の英雄となったうずまきナルト。 昔から敬語や敬称を知らない彼は、皆が“火影様”やら“六代目”やらと呼ぶ中、ただ一人ずっと変わらぬ呼び方をする。彼らしいと言えばそれまでのその様子に、カカシは深いため息をつき彼の頭を小突いた。 「おまえねぇ。その呼び方やめろっていつも言ってるだろ。六代目と呼べって」 「いてっ!…だってさー、火影ったってナツハの姉ちゃんはナツハの姉ちゃんだってばよ」 「はは。いいよいいよ、呼び方なんて何でも」 「そうも言ってらんないの。他のやつらに示しがつかないでしょうよ」 「…カカシだって私のこと呼び捨てじゃんか」 「俺はいいの。恋人だから」 ガイでいう自分ルールのようなその言い分に、納得いかない、とぶすくれた顔をするナツハとナルト。そんな様子の二人にカカシが「なんだよ」と眉を顰めると、ナルトが思い出したように声を上げた。 「そんなことより、俺に何か用か?」 「あ、そうそう。突然なんだけどナルトくん、君の夢は火影になること、だったよね?」 「おうよ!」 「じゃあさ、本当に火影になる前に、まずは一週間体験してみない?」 「「……は?」」 何を言ってるのかさっぱりわかりません、と言った顔をするナルトとカカシにくすりと笑ったナツハは、人差し指をくいっと天井に向けて差し、得意げな様子で続ける。 「ナルトは火影になるのが夢、私は一刻も早く休みたい。ここでナルトが一週間火影体験してくれたら、ナルトは将来の練習にもなるし、私は安心し気兼ねなーくゆっくり休める。ほら一石二鳥!私ってばほんっとに頭いいよねぇ!」 言いたいことを言えてすっきりした様子のナツハにぽかんとしたのち、カカシはようやく頭を抱えた。 「…あのねぇ、それそんなに簡単な話じゃないでしょ。この書類には里の機密事項も、俺ですら読めないようなだいっじなことが山ほど書いてあんの。いつか火影になるとはいえ、まだ上忍のナルトにそう簡単に見せられるわけないでしょうよ」 「別にいいじゃんか!どうせいつかは見ることになるんだし、そのときのための練習だと思えばいいでしょ!」 「だから、そんなに簡単な話じゃ…」 「今は大戦の復興とか支援任務とかが中心でわりと落ち着いてるから、ちょっとぐらい任せたって問題ないって」 「…」 「…それに、」 「私の跡を継げるのは、ナルトしかいないからね」 そう続けたナツハの言葉に、ナルトはぱっと顔を輝かせる。 「俺やる!一週間火影体験やるってばよ!!」 「よし!そうと決まれば、はい交代!」 「うおっ」 にたりと人の悪い笑みを浮かべたナツハは、着ていた火影の羽織を秒速で脱ぎ捨てナルトに投げ渡す。 「…え、今から!?」 「そーよ?ごらんの通り私はもうくったくたなの、わかる?一秒でも早くおうちに帰ってあったかいお風呂に時間も気にせず浸かってふっかふかのベッドで泥のように眠りたいの。あぁ、待っててね私の愛しのベッドちゃん…。あ、お目付け役の采配はカカシに任せるよ!それじゃあ、さらばっ!」 「…」 怒涛の勢いでそう捲し立てたナツハは、再びぽかんとする二人をよそにおおよそ疲れたようには見えないほどご機嫌にスキップまでかましながら執務室を後にした。 がちゃん、とドアが閉まる音が静寂の執務室に響き渡る。 「カカシ先生」 「?」 「…火影ってあんなんでいいのか?」 解せぬ、と太字の油性マジックで書いたようなナルトに苦笑いを浮かべたカカシは、「…ま、やるときはやるからね。あいつは」とどこか懐かしむような表情に変わる。 「と、いうことで。ナツハも行っちゃったし、おまえはこれ、よろしくね」 「……一週間も持つ気がしねぇ」 今度は満面の笑みに変わるという百面相まがいなカカシに、がくっとナルトは項垂れた。 これが木ノ葉の里長です×
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