「――うん、それじゃあ、またね」
電話を切ったばかりのスマホをベッドに放り投げて、天井を見上げた。
一日一回、ほんの数分の電話。
お互い忙しい中で何年も毎日この時間を確保できてるのはすごく貴重なことだし、すごく幸せなことだと思ってる。
…だけど、本音を言えば、会いたい。
地元に残ったカカシと、東京にいる私。実家に帰るのに片道三時間はかかるから、そうこまめには帰れなくて、カカシも仕事が忙しいからなかなか会えない。
私のしたい仕事が、地元ではできなかった。だから東京の大学に進学して、そのままこっちで就職。
地元を離れる時にカカシに別れてほしいって言ったんだけど、カカシは「遠距離を理由に別れたくない」って、「できるだけ会いに行くから」って言ってくれて、お互い就職するまでは本当にこまめに会いに来てくれた。
でも、社会人になれば、話は変わる。
学生のうちはなにかと時間を作れても、仕事を始めたらなかなかそんな時間を取ることも難しくなる。時間ももちろん長くなるし、上司との付き合いも取引先の接待なんかもある。勤務とは別の拘束時間も出てくるし、なかなか会うまでの時間も作れない。カカシにもそれは当てはまるし、もちろん私にだってある。
だから、気づけば今年になってすぐ…つまり、半年以上カカシに会ってないわけで。
「会いたいよー…」
毎日声を聞いてても、それだけじゃ満たされないのが正直な気持ち。
会って、顔を合わせて初めてやっと安心できる。
会社に有給申請しようかな。次のまとまった休みまでなんて待てないよ。本当は今すぐ会いに行きたいし、会ってぎゅって抱きしめてほしいし、電話越しじゃないカカシの声も聞きたいし、好きだって、言われたい。
「…って何考えてんだ、私は」
人と言うのは、非現実的なことを考えて、理想に浸るものだ。うん、そういう生き物だ。
東京に来てから何回こんなこと考えたかな。そんな時間も、実行する勇気もないくせに。私が自分でこっちで仕事するって決めて、カカシに寂しい想いさせたのに。
「…我が儘なんて、言えないよね」
でもそろそろ、都会の喧騒に嫌気がさしてきてる。
仕事は楽しい、それは本当だ。先輩たちも優しいし私は人に恵まれたと思う。
だけど、都会にはいつまで経っても慣れない。
大好きな地元の、あの緑に囲まれたい。あの新鮮な空気をいっぱい吸い込んで。そんで私の隣にはもちろん、大好きなカカシがいる。そんな夢みたいな理想を何度描いて、何度諦めたか数え切れない。
「…寝よう」
うん、そうしよう。こんなときは寝るに限る。いつもよりちょっと早いけど、明日は休みだけど家のこともしなきゃいけないし…うん。そうしよう。
決めたら早い私はベッドに入る。時刻はまだ、二十三時。
そう言えば今日は、いつもより電話してる時間が短かったかも。忙しかったのかな?なのに時間作ってもらって申し訳ないと思う反面、嬉しいな、と頬が上がるのがわかる。今日はいい夢を見られそう。ふふ、と笑いながら目を閉じた。
半分眠りの世界に入ってた私の意識に飛び込んできたのは、電話の着信音。
時刻は、日付が変わって十二時三十分。こんな時間に誰、って思って寝ぼけ眼でスマホを見ると、着信画面には“カカシ”の文字。
「…もしもし?」
『あ、ごめん寝てた?』
「ううん、もう寝ようとしてたところ」
『声寝てるけど、もう眠い?』
「…眠いけど、話してたい」
『はは、ありがと。嬉しいよ』
電話の向こうからは、がやがやという人の声と、カカシの足音も聞こえてくる。
こんな時間まで外にいるのか。残業でもしてたのかな、仕事が忙しいのかな。
「まだ外にいるの?」
『え?あー…うん。外だよ』
「仕事帰り?」
『…ま、そんな感じかな』
「お疲れ様。もうすぐ家着く?」
『うん、もう目の前』
「そっか。ならもうすぐ切らなきゃだね」
『…うん』
そんなことを話してるうちに、聞こえてた喧騒が静かになって、カカシが自宅のあるマンションについた様子。
「もうマンション着いた?」
『うん、着いた』
「…そっか」
『そんな寂しそうな声出さないでよ。会いたくなるでしょ』
「…ごめん」
だって本当に会いたいもん。
そう言えたら可愛いんだけど、さっき思い描いた理想を消したばかりだから、寝返りを打つのと一緒にもう一度消した。
「…もう家?」
『うん、今着いた』
「そっか。じゃあ切るね」
『あ、待って』
「ん?」
カカシの声が聞こえたタイミングで、響き渡るインターフォンの音。…電話口にも聞こえた気がするのは気のせいなのかな。
『誰か来たの?』
「…うん。誰だろ、こんな時間に」
『怖いなら電話したまま出ればいいよ。このままで誰か見ればいい』
「…ん」
こんな時間の訪問者なんて今までいなかったから、正直怖い。カカシが電話しててくれてよかった。カカシが言ってくれた通り、スマホを耳に当てたままそろりそろりと玄関に向かう。
あーやばい、どきどきがすごい。
まさかこんな夜中に誰か来るなんて思ってないし、ていうか普通来ないし。誰なの本当にもう…。
そっと、ドアを開けた。
「…ど、どちらさま……!」
『「来ちゃった」』
「!!」
耳からと、目の前から、同じ声で同じ言葉が聞こえた。
うそだ。これは夢だ。夢に違いないきっとそうだ。こんなサプライズが待ってるわけない。うん、そうだ、きっと夢だ。
『「夢なんかにしないでくれる?俺ちゃんと来てるよ」』
「…とりあえず電話切ってもいい?」
『「ん」』
目の前のカカシが耳からスマホを離して、ぐいっと一歩近づいてくる。
「…な、なに?」
「…久しぶりに会ったのに、何も言うことないの?」
「…っ」
そう言って拗ねたような顔をするカカシは、付き合いだしたあの頃のまんまだ。
途端に私の胸の中に愛おしさがこみあげてくる。
カカシには、いつまで経っても適わないなあ。こんなに離れてるのに、好きって気持ちがとまってくれないんだもん。とまるどころかどんどん日増しに好きが多くなる一方で、一生敵う気がしない。
スマホを握ったまま飛びつくように抱き着けば、あの頃より逞しくなったカカシに締め潰されるんじゃないかってくらい抱きしめられた。
「…会いたかったよ、カカシ」
「…おれも」
どうしよう、好きがとまらない
理想が現実になっちゃった。
fin.