「…知らないよもう、あんな人」


久しぶりに帰ってきた自宅のベッドで三角座りをして、膝に顔をうずめて丸まった。
前から言ってたのに。今日は私の誕生日だからねって、少しでもいいから一緒にいたいですって。忙しいっていうのはわかってる。一緒に暮らし始めて一ヶ月が経ったけど、まともに帰ってきた日はまだない。いつも朝早くに任務に出て、夜遅くに帰ってくるそんな生活をしてるんだってずっと言ってたから、わかった上で一緒に暮らしはじめたんだけど。私も一応忍だから分かってるつもりではいたんだけど。

時刻は二十三時三十分、まだあの人は帰ってこない。


「…」


あの人の家に一緒に暮らしてるけど、忙しくて家具の処分とかもろもろやらなきゃならないことが残っててまだこの家を引き払ってなかったから、今日は少し、自分の家で、あの人と離れて過ごしたい。

誕生日なんて、この歳になったらもう関係ないと思ってた。一つ歳をとる日ってだけで、特別なことなんてないはずだった。でも去年の今日、あの人が「今日はお前が生まれた日だから、俺にとっては特別な日だ」って言ってくれたから、今日が私にとって特別な日になった。

だけど、人の心は移りゆくものだから。
きっと彼の中で今日っていう日は、ただの一日でしかなくなったってことなんだろうなぁ。一年前までの私が感じてたように、特別な日なんかじゃなくて、ただの、日常。きっと去年より、私の対する気持ちがなくなったんだろうなって、思っちゃったわけで。

気づいたら彼の家を出て、自分の家に帰ってきていた。


「……もう、やだ」


泣かないって決めてたのに、気づけば泣いてる私がいた。
せめてものプライドで、嗚咽だけは必死に堪える。

今日は泣けるだけ泣こう。思い切り泣いて、次の会ったときに、さよならを言おう。
あの人のことは大好きだけど、でも私が大好きだからってずっとずるずる引き留めておくわけにはいかない。あの人の幸せを、私が奪っちゃいけない。

だからせめて、最後に、大好きなあなたの名前を、たくさん呼ばせてください。


「…大好きでした、オビトさん」
「でしたってなんだよ」
「!!」


後ろから突然聞こえてきた声に思わず振り向けば、人んちの窓枠に乗っかって思い切りしかめっ面してるオビトさんがいるわけで。


「…な、んで、」
「あ?家帰ってもいねぇから虱潰しでいろいろ思い当たるとこ回ったんだよ。んで、もしかしてと思って来てみてビンゴだったっつーわけだ」
「…」


邪魔すんぞって律儀に脚絆を脱いで、よっこいしょと私の横に腰を下ろしたオビトさんは、ぽかんと自分を見る私の顔を覗き込んだ。


「…もしかしてお前、泣いてる?」
「!」
「あれか、俺が今日お前のことほったらかしてずっと一人にさせてたからか?」
「…っ」
「…悪かったよ。せっかくの誕生日に一人にしちまって」
「…」


親指で私の頬に未だ流れる涙を拭いながら困ったように眉を寄せるオビトさんは、少し汗臭い。きっと、家にいなかった私を探して疲れてるのに走り回ってくれたんだろう。素直にありがとう、って言えたらいいんだけど、ついさっきお別れしようと思った手前何も言えずに、ただ顔を伏せた。


「で?“でした”ってどういう意味?」
「…っ」
「俺の記憶が正しければ、俺とお前は彼氏彼女って関係のはずなんだけどよ」
「…」
「どういうことか説明しろや」
「…っ」


途端に怖い顔で私を睨みつけるオビトさんにぴくりと肩を震わせれば、彼ははぁーっと深く息を吐いた。


「…悪ィ。怖がらせてかったんじゃねぇんだ。…その、頭に血が上ったっつーか、なんつーか」
「…」
「俺はお前といてぇからよ。なんつったらいいのかわかんねぇけど…ま、そういうこった」
「……オビトさんが、」
「んぁ?」
「…去年の私の誕生日に、オビトさんが、今日は特別な日だって言ってくれたから」
「!」
「…だから、私にも今日が特別な日になって、だからオビトさんと過ごしたくて、一緒にいたくて」
「…」
「…でも、去年とは気持ちが変わっちゃったのかなって思って、それで、」
「…過去形で言った、っつーわけか」


また溢れそうになる涙を拭って頷けば、オビトさんははぁ、と息を吐いた。


「…悪かったよ、いつもほったらかしにしちまって」
「…」
「…日付も変わっちまったし」
「…」
「チハル」
「…」
「チハル、こっち見ろ」
「…っ」


そのままオビトさんの手で挟まれて動かされた顔の前には、オビトさんの顔があって。


「こういうのは、次の日の朝までっつーのが期限だよな?」
「…?」
「一度しか言わねぇから、聞き逃すんじゃねぇぞ」
「…ん」



――俺と結婚してくれ、チハル



切なげな、でも真剣な。
そんな見たこともないオビトさんの表情を見て、私はゆっくりと眼を見開いた。


「…い、まなんて…?」
「…一度しか言わねぇっつったろ」


そう言って顔を背けたから見えたオビトさんの耳が真っ赤に染まってる。
照れてる。可愛い。なんだろう。どんどん心が満ちてくる。


「…不束者ですが、よろしくお願いします」
「!」


そう言って、さっきとは違う幸せな涙を流しながら抱き着けば、「痛ぇな」って言いながらオビトさんは笑った。
抱き着いた彼の背中に回った自分の手を見れば、左手薬指にはきらりとひかるもの。いつのまにつけてくれたんだろう、なんて思いながら、照れたこの人の顔を思い出してまた、笑いながら泣いた。






そして、大好きな人と、ともにずっとすごすことを決めた、特別な日。

fin.



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