「…大丈夫だよ、カカシ」


カカシの両目を片手で覆ってチャクラを送りながら、空いた左手でその頭を撫ぜた。


カカシの目は、正直普通の人の半分くらいの視力しかない。忍にとってそれは致命的なことで。うちはの身体じゃないカカシがずっと写輪眼を使ってきた代償。瞳術を使っていない右目もどんどん視力が落ちていて、このままではあと数年でこの人は両目とも失明することになる。

だけど、私は医療忍者だ。
たしかにスペシャリストと言われる綱手様には敵わないかもしれない。技術的にも経験的にも、きっとこれから先もあの方には追い付けないだろう。


それでも、この人は…はたけカカシは、私の大切な旦那さんだから。
この人と結婚すると決めた時に、一生かけてこの人を支えようと自分に誓ったから。


「…私がどうにかするからね」


私がその事実に気付いたのは、つい数か月前のことだった。
その頃のカカシの行動がなんだかおかしくて、ずっと不思議には思ってた。ときどき急に目頭を押さえたり、道に落ちてる石ころに躓いたり。机の端で身体を打ったり、きつく瞼を閉じたり開いたりすることも多かったから。

そんなカカシに「どうかした?」って聞いても「平気だよ」しか言わないから、半強制的に目を診たら、その視力の低さに驚愕したのを今でもはっきり覚えてる。

『なんで今まで言わなかったの』
『…チハルにいらない心配をかけたくなかった』
『…いらない心配?私は大切な旦那さんの身体の心配もしちゃいけないの?』
『そうじゃないよ。…でも、俺は平気だから、』
『人の半分しか見えてなくて、それでも平気?』
『…』
『…私、カカシと結婚するときに決めたんだよ?カカシのことを一生かけて支えようって。一番そばにいる私が一番カカシの変化がわかるから、何かあったら私が何をしてでも治そうって』
『…チハル、』
『…でも、カカシが“平気だ”って言うから黙ってたけど、』
『…』
『…すこしくらい、私にカカシのことを支えさせてよ』
『!』
『これじゃあ、何のためにカカシのそばにいるのかわかんないよ…』

驚いたというより、悲しい気持ちの方が大きかった。
私を心配させまいとしてくれるカカシの気持ちは嬉しい、そういう気持ちももちろんある。だけど、いざという時に頼ってくれないんじゃ、私はこの人を支えられないし治すこともできない。

忍術も体術も幻術も平凡で、自分で胸を張れることは医療忍術だけ。
そんな私にカカシが頼ってくれないのは、とても悲しかったんだ。

『…ごめんな。おまえを心配させないようにって思ってたけど、でも間違ってたよ』
『…』
『これからはちゃんと言うよ。本当にごめん』
『…ん』

悲しくてついに泣き出してしまった私を、困ったように笑ったカカシはぎゅっと強く抱きしめてくれた。そして何度も、ごめんね、って謝ってくれた。


その日から私は、時間のある限り情報を集めた。
過去の医療忍術の文献から何かたとえ少しでも活かせることはないか、綱手様に直接失われた視力をたとえ少しでも回復させられる術はないか聞いたりもした。木ノ葉だけじゃなく、同盟を結んだ砂隠れの里にも行って資料や情報を集めた。

無我夢中で情報収集する私をカカシは何度も止めた。俺は大丈夫だから、おまえも無理しないでいいよ、って。
でも、それでも私は、やっと自分のできることを見つけられたような気がしたんだ。カカシをやっと支えることができるって、自分にできることをやっと見つけられたって。だから今度は私が、平気だよっていう番だと思った。

ずっと、里や仲間のためにカカシはその目を使ってきたから。何度も仲間を救って、何度も数多くの人を守ってきたから。

いろんな人からの“ありがとう”が詰まった大切な目を、今度は私が守りたい。そう思った。

『……やっと、出来た』

いろんな人からいろんな場所で情報をもらって資料を借りて、何度も何度も実験をして、ようやく昨日、視力を上げる可能性がある術の開発に成功した。その足でカカシのところに行って施術しようとしたら、「おまえ、最近まともに寝てないでしょ。その気持ちは嬉しいけど、施術は明日にしよう」って言われたから今日、そして今。やっと、私の願望が叶う。


「…カカシ、もう少しだからね」


万が一のために張った結界の中で、私が送った麻酔に似た作用があるチャクラによって描いた術式の上に眠ってるカカシに、一言声をかけてから深呼吸する。
結界の外には心配そうな面持ちで私たちを見つめる綱手様とシズネがいて。そんな二人を安心させるように笑いかけて、慎重に仕上げの印を結んだ。


「…いくよ」


地面に走った術式から放たれる淡い光が、うす暗い室内を優しく照らした。



*  *  *



数年前から、ときどき目が霞むというか、視界がぼやけるようにはなっていた。
でもそれはチハルと付き合いだす前だったし、任務に支障はなかったからさほど気にしてなかったのは事実。でも、まさかチハルに泣くほど心配されてたなんてね…。

数か月前、チハルに視力のことを気づかれた。
その周辺での俺の行動が妙だとは思ってたらしいんだけど、俺はチハルに心労をかけたくなくて「平気だ」と嘘を吐いた。チハルは任務をしながら家のことも忙しい俺に変わって何も文句を言わずにやってくれて日々疲れてるだろうから、これ以上負担になるわけにはいかないな、と思ったから。

でもここ最近は、正直平気じゃなかった。
任務のときは目にチャクラを集中させて視力を補ってたから大丈夫だったけど、任務外のプライベートな時間にまで俺の少ないチャクラを使うわけにもいかず、家にいる時やチハルと出かける時なんかは何もしないでいた。そうすると、あんまり見えないせいで石ころに躓いたり机に腹をぶつけたりと散々だった。

そんな時チハルに、「すこしくらい、私にカカシのことを支えさせてよ」って泣かれてしまって本当に参った。

俺がチハルに苦労をかけたくないと思う以上に、チハルは俺のことをずっと心配してくれていた。こいつの深い愛情に、俺は気づきもしていなかったんだ。俺が無茶をして怪我するといつも怒りながら治療してくれたし、俺がチャクラ切れで動けない時も、いつも怒りながらも懸命に介抱してくれていたのに。本当に不甲斐ない、情けない夫だと思った。


「…目が覚めた?」
「…ん」


まだほんのりとする視界に入ったのは最愛の嫁さんの顔で。
徐々にクリアになってくるとその嫁さんの顔がさっき以上に鮮明に見えてくる。


「…どう?よく見える?」
「……あぁ、はっきりって言っていいくらい良く見える」
「良かった…!」
「うおっ」


どうやら病院に移されて寝かされていたらしい俺の胸にチハルが倒れ込んだ。視界の端に入る震えた肩を見れば、こいつがどんなに俺のことを心配して思ってくれていたのかが身に染みるように感じる。


「…本当にありがとう、チハル」
「…ううん」
「ね、顔を見せて」


俺がそう言いながら撫でていた頭を上げたチハルの目は真っ赤に腫れていた。
こんなに泣かせちゃうほど心配をかけて申し訳ないと思う反面、こんなに俺のことを想ってくれている人とこれからも一緒に歩んでいけると思うと幸せな気持ちで胸がいっぱいになる。


「どうしよう。俺の嫁さんこんなに可愛かったっけ。目が良く見えるからなんだか眩しいくらいだ」
「……ばか」


冗談めかしてそう言えば、やっと笑ってくれたチハルの頬を一筋の涙が伝う。それを指で拭ってから体を起こして、もう一度強く抱きしめた。


「本当にありがとう、チハル」
「…ん」
「これからも一番そばで、俺のことを支えてください」
「…っはい」







一層の愛してるが俺たちを包んだ

fin.


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