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 マグルの学校は、ホグワーツや他の魔法学校とは違い、5歳から義務教育という形で始まる。無償の就学前教育、ナースリースクールやインファントスクールも存在するが、今回ロットが行きたい行きたいと駄々をこねて数年目の学校は、プライマリスクールらしい。
 ホグワーツにも11歳になったら行きたいらしい彼は、けしてGCSEを受けるまで行きたいというわけではなく、キーステージ2まで通いたいらしい。賢いあの子は我が家の金銭事情を心得てか、インデペンデントスクール、ましてやパブリックスクールではなく公立学校に行きたいと言う始末。賢いことはいいことだが、そういった俗世間的なところまで察するあの子は、生みの親の私でさえ一抹の恐怖を覚える時がある。ぞっと冷たくなるような冷たさ、あの子にはそれがあるのだ。
 ビルやパーシーは賢くともそういったところまで察しなかったからかもしれない。チャーリーはいい子だが、ビルやパーシーと違って運動に重きを置いている節がある。フレッドとジョージは論外、まだ遊びたい盛りだ。いつになったら落ち着くやら。

「ロン、ロット。ちょっとおいでなさい」

「なに? ママ」

 チェスの真似をしていた二人が(年齢が年齢なのでまだルールをきちんと覚えていない)とことこ歩いてきた。この前まで泣きはらす赤ん坊だったのに、今では時に生意気を言うくらい成長した。……はて、今頭に浮かんだ赤ん坊はビルだったかチャーリーだったか、それともパーシーかフレッドかジョージかロンか。頭の中の子供は赤毛だったので、ロットであることはないだろう。それに私は終ぞあの子の泣く姿を見たことがない。それが私を慄かせるひとつの原因だろう。
 私の前で話を待つ第二の双子に、こほん。と隣の男が咳払いをした。アーサーだ。アーサーと昨日話し合ってロットの我儘をどうするか決着をつけたのだ。

「ロン、お前はマグルの学校に行きたいか?」

「マグルの学校って、だってパパ、後で役に立たない勉強をするんでしょ? ボクやだよ」

 ぴくり、とロットの眉が痙攣を起こした気がしして、私は慌ててロンに声をかけた。

「将来役に立つかどうかはアナタ次第よ、ロン」

「ふーん」

 物臭に、きちんと理解していないで頷くのはこの子の悪い癖だ。失敗して後でへそを曲げるのに、ちゃんと理解しようとしない。まだ他人のせいにしようとする。それを直すのが私の仕事だ。

「話ってそれだけ? なら、ボク遊びに行ってもいい?」

「ええ、かまわないわ」

 頷くとロンは駆けだした。遠くなる彼と交換に、視線を感じて私は微笑んだ。役者は此方と言えば此方だ。

「ママ、話ってなに?」

 未だ私をmummyと呼ぶロンとは対照的にmum、あるいはmotherを用いる我が子は、可愛らしく小首を傾げた。赤毛の我が家では黒髪はぽつりと目立つが、どこかビルに似ているこの子はやはり我が子だ。

「ロット、お前はマグルの学校に本当に行きたいか?」

 ロットはイエスと頷いてもう一度小首を傾げた。

「本当にか? この家とも離れることになるし、勿論私たちともだぞ? それでも行きたいか?」

「イエス、ダッド」

 アーサーは私と顔を合わせ、やれやれと肩を竦めた。しかし、少し喜びが混じっていることは長年連れ添ってきた私には分かる。アーサーは無類のマグル、マグル用品好きで最近なんて公衆電話という物に夢中だ。息子がマグルとの関係を繋いでくれるのが嬉しいのだろう。私は溜息を押し隠して頭をふった。

「ロット、よく聞いて。お父さんの知り合いにアンバディという男の人が居るの。ルパート・アンバディ。その人が、住む所と食事を提供してくれるって言うの、ただし、貴方が本気ならね」

「奴は魔法使いのことを知っている。父親がスクイブで、そのあと彼の息子達、つまりルパートは魔法学校には行っていないらしい。ルパートは一応、魔法を使えるが」

 ロットは黙って話を聞いていた。喜びも見えず、これからの未来への楽しみも見えない。ただじっと聞いている。もしかして、感情を表情として臆面もなく出すのが恥ずかしいのかもしれない。

「だが、もう一度聞くぞ。行きたいのなら、それはお前が本気のときだ。ルパートはマグルの世界に遊び気分で来たお子様なんてほっぽり出すぞ」

 ロットは頷いた。私は畳みかけるように質問をした。子供の我儘だと思っていたが、本人が本気なら私たち親も真摯に受け止める。

「でもロット、どうしてマグルの学校に行きたいの? それだけは教えてちょうだい」

 この子は随分と、大人である私たちでさえ煙に巻くくらい口達者なので、私は率直に聞いた。今思えば、親として一番に聞くべき質問だった。この歳でもまだ至らぬところがある事実に赤面しそうになった。

「魔法を使わない人達と、魔法使いを、結ぶ人間になりたいんだ」

 恥ずかしげに、ゆっくり笑うロットの頭を撫でて、私もにっこりと笑った。

「いいわよ、行っても」

「本当? 今度の秋から入学できる?」

「勿論。ねえ、アーサー」

 夫はしたり顔で「勿論」と頷いた。ロットははにかんで、照れを隠すように「ありがとう。ロンと遊んでくる」と立ち上がった。貴重な息子の笑顔というのも、悪くないものである。私は隣のアーサーと微笑みあった。




11.7.16


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