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 ルパートと街中を移動中に教えてもらったが、本当に俺は学校入学前に再び合う杖を買った方がいいらしい。ロナルドが作中で、最初の杖はチャーリーのお下がりだったことを思い出して、どうしても買わなければいけないのかと聞けば強く肯定された。
 曰く、スタート地点で出来ないは出来ないなりに段々と杖に自身の魔力を同調させ使いこなすことは可能らしい。だが、魔力が変動するとなれば話は別だ、と。あとは説明しなくても分かるだろう。
 かの有名なロウェナ・レイブンクローもその体質の一人だったという。だからこそ、知っているらしい。
 そんなことをルパートの家にある文献で読んだことはなく、その旨を伝えればそれらの情報は確かな人からの口伝えで、魔法使いたちの間で語り継がれることらしい。イギリス経験論とはよく言ったものだ、確かに彼らは先人の教えを大切にしているらしい。
 だが、正確性に欠けると思わないか?

「魔法使いはどちらかと言えば本を馬鹿にしている節があるからな、そんなものより民間伝承の方がいいと思っている。それにペンより杖の方が強い」

 エドワードの『The pen is mightier than the sword』にかけた彼は一人で小さく笑った。別にそんなに面白くない。

「我々には正確性に欠ける事実を残されているわけか」

「それでいいと思っているのさ。いざとなればゴーストが居る。加えて彼らは正確すぎるのは逆に危険だという思想の持ち主だ。だからマルクス主義を持ちこんできそうなマグルはダイキライなのさ」

「ふうん、プロレタリア革命を嫌いながらもヨーロッパ諸国のように労働体系を改善する気持ちが見られないならそれも仕方がない。ベルンシュタインが泣いてるな」

「必要がないとも言えるけどな。全魔法使いがこの状況に満足しているなら変革の必要はない。だろう? 誰も困っていないのだから。ロータス、右翼は好きか?」

「暴力的左翼よりはな」

「俺も痛いのは嫌いだ。……そうだロータス、お前が書けばいいんじゃないか? 魔法使いの常識を本に」

「それは魔法使いに睨まれる行為か?」

「どうだろう」

 声を小さく、周りを憚りながらする会話の顔の距離は近かったが中々スリリングで楽しいとも言えた。こんなに魔法使いがひしめいている空間で魔法使いを否定するなんて、それは一歩間違えれば恐ろしく踏み外さなければスリルという娯楽になる。だからホラー映画は人気なのだろう。怖いけど、見たい。人間はバカなのだから。
 俺も含め、大統領も含め、ソクラテスさえも。無知の知とはよく言ったものだ。

「そういえば、言ってなかったな。オールドトムの店主はトムというんだ」

「英国はトムだらけだ」

 肩を竦めればルパートはペンで直線でも引いたような薄い笑みを見せた。

「米国だってトムだらけさ。俺の父親の父親の名前はトムだしな」

「それは本当?」

「まさか。爺さんの名前はジョンとデイビットだ」

「ありきたりだ」

 口端を持ち上げて笑うとルパートは「名前なんてありきたりでいいんだ。特殊である必要はない」と言った。成程、21世紀を日本で10年ばかし過ごしたが新たな子供たちの親に言ってやりたい台詞だ。日本は島国だからいけない、変化が明確過ぎていっそ不気味さを覚える。これで日本は大丈夫なのか、そう思ってしまうのだ。急すぎる変化は、その変化を引き起こしている張本人である国民自身が危機感を覚える。これが大陸続きだったら問題なかったのだろうけれど。(大陸続きだったらアジアで初めて産業革命出来た国、という旗は多分降りるだろうけれど)まあどうせ、いつかプレートに引っ張られて無くなってしまう国だ。ハワイと一生隣り合わないというのは、そういうことなんだ。消滅するのは悲しいことではないし、この地球に生まれたならばコトワリに従うべきだ。
 もしこれでも納得できず恐怖を感じるなら、説得はこうしよう。先人の言葉を借りるとすれば「死を恐れる必要はない。なぜなら死によって感覚を失い無になるからだ」エピクロス。これでも納得できないと言うのならばそれは時間が解決するのを待つのみだろう。
 しかしまあ、片鱗は見せてもまだ起こってもいないことを問題に取り上げるのはバカのすることだ。俺は面倒な思考に区切りをうった。(俺自身が面倒だということはあまり考えないでおこう。そもそもそれは昔からだ)
 俺たちはポートキーを使って移動をし、マグルの路地に出ながらも与太話を挟みつつ暗い路地裏をひたすらに歩いた。

「ロータス、ここだ」

 立ち止ったそこは人通りが少ない。薄暗く、乾いた風が嫌に薄気味悪かった。趣味の悪い木看板に掠れてきた字で『オールドトム』と彫られていた。扉の近くには猫の置物があり、やけに精巧で気味が悪い。

「ルパートの知り合いか?」

「まあ、知人と言えば知人だな。漏れ鍋のトムと友人だが、どっちも否定してる」

 歳をとると友人はどんどん減っていくらしいな、先程のワンド・ワンダの店主も含めるようにルパートは言ってまた歩き始めた。俺もその背を追う。
 扉を開けるとカランカラン、ふたつのベルが重々しい音を立てた。それにしては小さな音だった。店内は薄暗い。確かに、個人経営の酒屋がそう明るいはずもないのだけれど。(大衆居酒屋に友人とよく行っていた身としては少し息苦しい雰囲気だ。それもまあ、何年前の話か)
 俺は自分が、少しだけ途方に暮れていることに気付いた。

「トム、まだ生きてるか?」

「……ルパートか? 親父より傲慢な面構えになってきたじゃないか」

 ふん、と鼻で笑った店主の顔はいかにも、といった感じだった。小悪をこまごまと働いていそうな、黄色い歯を出してにやにや笑う年寄り。ルパートの知り合いには大衆的な意味でのいい奴はいないのか、と俺は呆れた顔で彼を見た。

「トム、オールドトムを一杯ひっかけたい」

 ルパートの言葉に、先程まで再開を喜んでいたふうだった店主はじろりと睨むように、疑うようにルパートを眺めた。それから俺の姿を見ると、奇妙な生き物でも見るような顔をしてからルパートに向けたような視線をくれた。

「ルパート、お前がか?」

「いや、こいつがだ。ロータス、預かってるガキだ。出された酒は俺が飲む。おっと、定番の文句は言った方がいいか?」

「いや、お前なら必要ないが…………そのガキがか?」

「杖でも見せた方がいいか?」

 小さく笑ったルパートに店主は目を細め、その視線を俺にやった。「お前が使うのか?」明らかに俺に向けて言った言葉に俺もルパートのように小さく笑って頷いた。

「That is right.」(ええ)

 店主は卵を飲み込んだ顔をして、渋々といったふうにカウンターに居たもう一人の男性を此方に向かわせた。その男も訝しげな顔つきをしていたので、にっこりと笑ってやればもっと訝しげな顔をした。ルパートは呆れたような顔をした。

「ルパート、アナタが魔法をあまり使わないのは有名か?」

「別にそうでもない。そもそも俺自体はそう有名じゃないし、知っているのは知人くらいだ。魔法界にいるが魔法を使わないのは目立つんだろう、勝手に相手が覚えている」

 あい すぃ、と英語を平仮名にしたようにぼんやり返すと再び呆れた顔をされた。この男は呆れた顔をするのが趣味なのではないだろうかと時々思うが、言ったところできっと否定されて「お前がそうさせているんだ」と言われるのは目に見えている。俺はもう一度「I see」と零した。

「ここだ。あとは勝手にやってくれ」

 扉を前にして案内役をかってくれた男はさっさと踵を返した。俺がルパートを見るとルパートは目を合わせてから直線をひいたような笑いをした。

「杖の振り方から教えてやろうか? ロータス。どれだけ呪文を知っていようと、知っているだけじゃ使えない」

「ご指導よろしくお願いします、先生」

 プロフェッサー、ハリー・ポッターが校長を呼んでいたように呼び、恭しく頭を下げると「まかせたまえ」とルパートも調子に乗った。俺たちは小さく笑って扉に足を踏み入れた。
 そういえば、なんだか気付かないうちにルパートとは仲がよくなっているらしい。俺はその事実にようやく気付いた。これではあまりにも魯鈍だと笑われてしまうかもしれない、と薄ぼけた過去の友人たちをぼんやり思いだした。
 過去はすこし、かなしい。



11.11.30


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