装う



 柔らかな真綿のようにつつんであけたいだとか、そういうんじゃなくて。どちらかと言えば柔らかな真綿で糸を紡ぎその糸で脆弱な首を折ってやりたいと思う方であった。生産より非生産的なのだ、そもそも僕の存在から生き方まで。

 それはまあ、今折ってやりたい首の相手が僕より各段に非生産的なのでいいとして。……いや、このアブノーマルがいいわけないのだが、真実彼があまりにも非生産的なものだから仕方がない。
 深刻な問題は僕がその男と名前を含んだ親密な関係に陥ってしまったということだ。僕は元々奇妙で希少、それでいて慙愧溢れる体で生まれてきた。十年と幾ばくを恐ろしいまでに珍妙として生きてきたのが僕であった。決して他人様に晒せる体としては生まれてこれなかったのだ。
 それなのに彼と男女が織りなす子作りの第一段階前といったふうな関係を結んだ僕は、一体関係を持とうとしたその瞬間何を考えていたというのか。僕が女性であるのは制服のスカートを翻す見た目だけだというのに。
 はあ、と小さなため息を付いて取り敢えず口元だけでゆるゆる笑ってみた。現実逃避にこれほどもってこいな表情もあるだろうか(反語)。

「どうしたの、ため息なんてついて」

「いえ、何でもないです」

 首を傾げて薄く笑う相手ににっこりと微笑んでくるりと手の平のシャーペンを回す。手元の問題用紙は半ばまでしか手をつけられていないのにも関わらずテーブルのコーヒーは既に少しも湯気を立てていなかった。冷めたコーヒーを含むとなんだか頭がぐらぐらした。

「臨也さんはぁ」

「なに、質問?」

 ペンの進まない問題用紙を覗き込んだ彼に苦笑して頬を掻く。まさか「男女の目に見える関係の進展の最終段階ってなんだと思いますか」とも聞けまい。

「…いえ、呼んでみただけです」

 柄にもなくかわい子ぶっていたずらを仕出かした子供のように笑ってみる。するとそんな虚像は既に見破っているとでも言うように彼は返事もなく目を細めて口角をひょろりと歪めた。ぞっとする。気味の悪い笑顔だ。
 しかし僕の体は彼の笑み以上に気味悪いのだ。
 僕の体は世間様で言われるふたなりの逆、とでも言おうか。はたして半陰陽と言おうか。明確に区別出来ないと言うよりも、どちらもナイのだ。

 いま気味悪いと思っただろう。

 怒りこそしないもののそう思われるのは悲しいのだ。悔やまるるは染色体がXXYで非常に雌らしいということだろう。女の子らしく生きたいと思う反面、体が鉛のように重たくてついていかない。そもそも性別も持たない者は人間なのだろうかとさえ思ってしまう。だから中途半端に厭世的な性格になったのか、それとも元来の由縁なのか。体は染色体に反し、染色体には精神が反そうとする。とんだ捻くれ者だ。
 それをすべてひっくるめて悲しいのだ。救われない。本当に救われない。せめてもの抗いは一人称の“僕”くらいだろうか。
 ああほんと、神様なんて大嫌いだ。

「ねえ、これ明日までの期限じゃないの?」

 一向に課題に手をつけない僕にうんざりしたのか、骨のように白く細い指が何某がプリントされた紙を指差した。突然の行動で幾許が不思議に思い、顔を上げる。そこには男の顔があった。
 皮膚は白く、長い睫毛は黒い。意地悪い瞳は毒々しいまでに赤く、細く真っ直ぐな髪は蛍光灯に反射して白く、頬に当たる。唇は不健康に見えるにも関わらず、赤い。
 およそ“そういう雰囲気”というものを纏って近付いてくる顔に。ゾッと。皮膚を虫が走るような嫌悪感と驚愕が喉元を貫いた。
 こわい。

「っ、」

 気付いたときには動いていた。僕は知らぬ間に彼の唇と自分の唇の間に手を挟み、肌と肌の衝突を防いでいた。震えそうになる全身とは反対に勝手に笑う口元に恐ろしいのか楽しいのか分からなくなって、無暗に言葉を紡いだ。

「臨也さん。僕、秘密があるんです」

 そう言って手を離すと、そこに現れた男の顔は実に楽しそうであった。もしかして彼は僕の秘密など当の昔に知っているのかもしれないと考えると、とてもじゃないが正気でいられそうになかった。

「今は教えてくれないのかい」

「ミステリアスな方が素敵だと思いませんか?」

 小刻みに震える口の端に、それでももはや意地で笑えば彼は珍しく快活に笑った。きょとんと瞬きすればいつもの笑みに戻ったけれど。
 その気味悪い笑顔で彼が言う。

「そうだね、その秘密が君にとってどれだけ素敵じゃなかろうと」

 さっと、足元に地面がなくなったかのような浮遊感と、その一瞬後に底なしに落ちていく感覚を味わった。もはや彼が秘密を知っているかのような匂いが濃くする。カマをかけられているだけなのかもしれないし、本当に知っているのかもしれない。判別がつかない、この男だと。
 僕は唇をきゅっと噛み、俯いて明日提出の課題を片付けるフリをした。シャーペンを持つ手がいつになく揺れた気もしたが、それは気の所為だと思わなければやってられなかった。
 視界の端に映った女子制服に、稍あって不思議な高揚と絶望を感じた。



装う


12.10.15
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